032【百穀を潤す雨】
032【穀雨】
今日は弥生五日。
昨日は二十四節気の穀雨。
穀雨=
穀物の成長をはぐくむ雨がふる時季であり、
霜が降りなくなる季節ですね。
ちなみに今日は、
春から夏に向かう土用の4日目(4日/18日)。
つまり、あと2週間弱で立夏です。
春分を経過し陰陽のエネルギーが逆転してから、32日が経過。
陽のエネルギーが地表全体を包み込んできています。
晩春から初夏に向かう気の流れをはっきり感じます。
それは自然界においても、そして当然ながら人間界においてもそうです。
先日、
青森県六ヶ所村にある使用済み核燃料再処理工場の情報隠ぺい問題が表面化しました。
11年前から隠してきた耐震強度の計算ミスが発覚したのです。
こういったニュース、クールに受け取りたいですね。
「なに〜!そんなに長い間隠していたのか〜!」とアツアツに反応することも
アリでしょうが、僕個人としてはそのような反応はしたくないですね。
もっと冷静に、もっと深いところで感じたい。
それだけ長い間隠していたことが、今この時に明るみに出てくる、その意味、
今がどんな時なのか、これからどんな時に入っていくのか、もっと深いところで感じたいのです。
1年という短いスパンで観ても、今は陰と陽の転換期。
陰に隠れていたものに光が当たりやすい時期のようです。
そして今年は十二支の最後の「亥」。
この1年間によって、
次の12年が同じことの繰り返しになるか、
新しい次元の12年間の幕が開くかが決まるようにも思います。
「亥」の左に「木」を付けると「核」。
「木を植えましょう」の著者でもある正木高志さん達が、
WALK9という形で木を植えながら六ヶ所村に向かっている、というのも象徴的ですね。
昨日表沙汰になった再処理工場の危険箇所は、
使用済み核燃料を剪断する機械。
ここにも「剪断する=刻む」という事で「亥」が入っているわけです。
「亥」は、言ってみれば骨組みのようなものでしょう。
ものごとの、社会の、骨組みそのものがくっきりと浮き上がってきているし、
浮き上がらせていくスタンスで動いていきたいと思っています。
また、当然ながら、自分自身の骨組みを見つめる視点を保ちたいですね。
オイラ個人的な話としては、、、、
先日突然1年ぶりぐらいに親父から電話がかかってきまして。
その声の老けっぷりにびっくりしました。
そして
「俺はもう10年も生きられないと思っているからな」
という言葉。
う〜ん。
そんな事を言う人ではなかったんだけどな〜。
俺の中に「親父はこんな人」という創り上げられた幻想のようなものがあったんだなと実感しました。そりゃ生身の人間だ。老いもするだろう。
僕にとっての親父って、色が黒くて健康的で、でタフで、いつもお袋想いで、かっこよくて、頼りがいがあって、むかつくけど揺るぎない尊敬の対象である、いい男。
今から10年ぐらい前まで、
「親父は人生最大のライバル」とことあるごとに言っていました。
その親父も、もう63歳。
僕は、そんな親父が会社を倒産させざるを得なかったり
お金に苦しんだりしている姿を見て、
「こんな人が日の目を見ないなんて。絶対この世の中間違ってる!」って思っていました。
もちろん今も思っていますが。
今の僕を突き動かしている元々の原動力って、
そういう個人的なところにあったりします。
あと10年とか言ってくれるなよ。
今の社会が変わって、自分の生き方は間違ってなかったって思ってもらって死んでもらわないと困る。
息子にもう少し時間をくださいな。
こういうことは、よく思いますね。
戦争を体験した人たち。
国や企業に騙されて危険な核施設を受け入れてしまった人たち。
彼らが、それぞれの心の奥深くにしまい込んでしまった矛盾や諦めが癒される時を、彼らが生きているうちに作っていきたいと思います。
神様をありがたがる人って多いけど、
スサノオもアマテラスも、オオクニヌシもスクナヒコナも、
どんな名前であれ人間のカミサマっていうのは、
いってみれば俺たちの先祖のひとり。
であるならば、それらのカミサマとつながるにはまず親。
親とつながれなかったら、その先にいるカミサマと繋がれる
わけがないわけですよね。
親を癒すために子は生まれてきたって、
何かの本に書いてありました。
親父からの電話を受けて、その役目を再認識しました。
今だからこそ、そう強く思えたんでしょうね。
親父を癒す。
これは僕の生きる意味でもあると、改めて強く思いました。
世界中の子供たちがそれを出来た時、
この世界は変わるんじゃないかな。
七世代前のジイサンバアサン達の祈りのおかげで、
僕たちは今ここにいるのですから。
百穀を育てる雨のように、彼らの祈りは今も僕たちの肩に
降り注いでいるのでしょう。
アメツチ イヤサカ
弥生五日
拝
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