139【邂逅】
今日の太陽の位置を覚えている人は多いだろう。
夏至の太陽は、
真東から30°ほど北から昇り、
真西から30°ほど北に沈む。
冬至の太陽は、
真東から30°ほど南から昇り、
真西から30°ほど南に沈む。
春分秋分の太陽は、
真東から昇り、
真西に沈む。
今日の位置に太陽が来るのは、年に2回だけど、
北から南に流れながらこの位置に来るのは、年に1回だけだ。
そして太陽は、銀河の中を日々動いているわけだから、
厳密に言うと今と同じ場所に太陽がいたことは、
今までに一度もないことになる。
もちろん、俺自身(地球)もそうだ。
今と同じ場所にいたことは、ただの一度もないし、
これから行くところは、紛れもなく新しいまっさらの場所だ。
同じ事が繰り返されると思い込んでいる、
その思い込み自体が、物事を繰り返させる。
変化を恐れ、進化を疑う思い込みが、
死を恐れ、生を疑う思い込みが、
流れを滞らせる。
滞る水は、濁る。
濁りは病を産む。
水を清めるものは、
僕たちの想念であり、ことばであり、行為であり、祈りだ。
2年前の今日、生涯で初めて作った映像作品を広島で上映した。
「アメリカを変える平和の大統領候補 デニスクシニッチ」
というタイトルの25分ものの映像。
そして昨日、吹田のモモの家で行なわれた憲法九条について語らう「TALK9」の席で、その映像の一部を久々に紹介させてもらった。自分自身、ずいぶん久しぶりに見直した。
当時のエピソードを語っているうちに、忘れていた色々なことを思い出した。
過去の自分を今の自分が見つめる、何ともいえない感覚。
ものの見方、考え方、経験、知識、変化した部分、変化していない部分、いろいろな自分が見えてくる。
ほんと久しぶりに自分の作った映像を見直したし、久しぶりに当時の体験を振り返った。
オイラは、
過去の自分に対して、採点がからいほうだと思う。
ダメだしも多いし、旅をしていても、ワークショップやイベントのひとつひとつや人との付き合い方に対しても反省は多い。
自分の産み出した物にたいして合格点を出した記憶はないなぁ。
これはクセみたいなものかもしれない。
と思っていたのだが、この辺の認識パターンに変化が起こり始めていることを感じる今日この頃ではある。
自分の過去作ったものを許せるようになってきた。
いろいろとイマイチな部分もあるけど、かわいいじゃん、がんぱってるじゃん、とも思える。
そして、なるほどな〜と思う。
過去を否定することで、過去は過去であり続ける。
過去を受け入れることで、過去は今の一部になる。
ということは、過去のすべての戦争や侵略に対しても、
そのすべてを愛をもって受容することで、
そこに時間を越えたつながりが生まれ、
調和による新たな巡りが始まるのだろう。
そうやって時間はつねに、今ここから産み出され続けるのだろう。
まぁどちらにしても、僕たちはひとつだ。
あれをやったのもそれをやったのも、すべては自分自身だ。
自分の中にすべてがあり、すべての中に自分が存在する。
それは紛れもないことだ。
新しい認識のもとにあらためて祈りたい。
世界中のありとあらゆる場所に存在する、ヒロシマとつながるすべてのスピリットが平和と調和とともにありますように。
拝
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