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2007年11月17日 (土)

242【平和とは】

平和とは最も弱きものが安心して暮らせる世界

昨日、イベントのフライヤーを配るために町を歩いている中で出会った方から聞いた言葉。

原発や再処理工場から放射性物質が流れ出て、
一番最初にヒバクする生命は、海や空にただようプランクトンや菌のようなものだろうか。
それから海藻などの植物。
そして、それを食べる牛や魚。
でもって、人間。
人間の中でも、胎児は一番放射線の影響を受けやすい。
そして、子どもやお母さん。
女性の乳腺は放射線の影響を受けやすいらしい。

弱いものから傷つけられていく。
声をあげることも出来ない、小さないのちたちが傷ついている。

その声はこちらから耳を傾けていかないと聴こえないような声。

効率を求める社会が消し去ろうとしてきた声。

大型ショッピングモールの台頭でつぶれていく小さな個人商店。

自立支援という名目で締め付けられていく高齢者や障害者の生活。

莫大な収益を上げ続ける巨大企業の影で、スピードとコストダウンを強いられ経営に苦しみ続けている下請け、孫請けの零細企業。

日本全体の75%の米軍施設を受け入れさせられ、さらに内地(本州、ヤマト)の大企業に土足で上がりこまれて容赦ない自然破壊のもとに開発されていく沖縄。

どこで話を聞いても、似たような構図が横たわっていることを感じる。

為政者や経済力のある者、選択の自由のある者、彼らは今、弱者を助けるのではなく、見殺しにし、ますます締め付けをエスカレートさせ、支配の手を強めようとしている。

弱い私たちは、手を取り合い、助け合うことをもっと真剣にし始める必要があると思う。

声を聞かれていない者同士、お互いの思いに耳を傾け合おう。

そして、今の状況を共有し合い、お互いにできることを挙げあおう。

か細い声を集めて届けていくことも、当然大事で、それはし続ける必要があるが、それと同時に、僕たちはもっともっと深くつながったほうがいい。

傷つき、諦めかけているこの想い、自分ひとりで何が出来るんだという想いを、癒しあい、勇気を分け合うことは可能だ。

原発を語ることはタブー。

憲法を語ることはタブー。

そんな規制のない、意見のひとつひとつに良し悪しのジャッジもされない、本音を遠慮なく言い合えるような場を、どんどん作っていこう。

六ヶ所村の再処理工場、沖縄の米軍基地、愛知県常滑(たった今いるとこ)の巨大空港建設、どこもかしこも同じような構図で地元の声がつぶされ、大きな大きな力が小さな民意を飲み込んでいる。

その状況を、そこにある思いを、祈りを分かち合いつないでいこう。

怒りではなく分かち合いによる輪が広がっていったとき、僕たちの世界に何が起こるだろう。

そんなフラッシュポイントに向かって、ひとつひとつの動きが渦のように流れ込んでいるように思う。

光のほうへ。

この流れを押しとめることは出来ないだろう。

立場や世代や肩書きや今まで背負ってきたものの違いに関係なく、何の差別もなくすべての命が幸せを享受できる未来に向けて、

歩いていきましょう。

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