映像ばかりですが・・
今日から山水人に入ります。
山水人
今日はアイリーン・美緒子・スミスさんとのトークと、「六ヶ所村ラプソディー」上映、「六ヶ所村通信no.4」上映。
16時~24時まで、の濃いスケジュール。
まつりならでは。
僕は、脱原発への道は、広く、みんなで話し合わないと見えてこないと思っている。
ひとりの智恵人のおかげで解決する、ってことではないよね。
議論が必要だ。
議論と、実践。
実践のレポート交換と、さらなる議論。
市民ロビイストの関義友さんが言っていた。
議論とは、「自分には変わる準備があります。あなたと語らうことで、私は変わるかもしれない。」
という開かれたスタンスで語らうことだ。
と。
相手を変えようとするだけでなく、共に変わっていこうという姿勢。
僕は自分の周りに殻を作ってしまいがちなところがある。
それを変えていくことをしたいと、今心から思っている。
開かれた心で、開かれた議論をしたい。
だから、今回のように、泊まり込んでじっくり顔を見合せて、一緒に飯食ったり遊んだりもしながら、語らうということは、本当に尊い機会だ。
さて。
明日は、「核のはなし」というテーマで話す時間をいただいている。
核開発と原子力開発は一緒だ、ということを、丁寧に話したい。
そのあと、地球温暖化と原子力というテーマで対談もある。
明後日は、13時ごろから暦の話をします。
太陽見ながら。
月も満月間近で観測しやすいし、醜聞間近なので、太陽の昇る位置沈む位置から方角も割り出しやすい。
具体的な日月みながらやります。
でもって、昨日は徹夜してしまった。
準備が間に合わず。
出発すると、携帯も圏外になるのです。
連絡やりとりや、先延ばしにしてはまずい作業をやってたら、こうなってしまった。
で、このブログ書きもその一環。
どうしても今シェアしたいことを、乱文ご免で書いてます。
ここからが本題。
9月10日、山口県庁に行ってきました。
祝島島民が、50名ほどで山口県庁を訪れました。
祝島沖3.5キロの対岸である田ノ浦に上関原発予定地があり、
中国電力はその土地の埋め立て申請を県に提出しています。
埋め立てをやめてほしい、という署名を知事に直接渡すために訪れました。
しかし、知事は面会拒否。
さらに、知事室に行かせまいという県職員達は、
「なぜ会ってくれないんだ」という問いかけに終始無言。
西田さんという職員さんが唯一、返事をしようとしてくれていましたが、
どの言葉も言わされているだけの、生きていない言葉だと思った。
「知事は、上関町で決められたことを尊重します」
の一点張り。
僕はずっとカメラを回していたので、メモも取っていないし、一部始終をもう一度見直さないと、正確な言葉は思い出せない。感情的にもなっていたし。
とにかく、彼らはロボットのようだった。
30人以上の職員が、5時間以上、立ちふさがっていた。
「知事はいるのか。」
という質問にも
「分からない」と、ひとこと。
「誰がわかるの?」
「・・・・」
「秘書はいないの?」
「・・・」
終始こんな調子だ。
なぜ隠す?
誰が隠している?
誰が指示している?
「原発に賛成するものの声は聞くが、反対する者の声は聞かない。それが県のスタンスか。」と島民がつぶやく。
その通りだ。このやりかたは絶対におかしい。
おかしい、ということを認識している職員が、いったいどれだけいただろう。
仕事だから立っていた、という職員がほとんどではないか。
彼らは昼食も抜きで、立ちっぱなしだったよ。
ひどいぜ。
島民の人たちが「無理に知事室に押し掛けるようなことはしないから、交替でご飯食べてきな。」
と言っても、無言で立っていた。
トイレくらいは行ったのだろうか。
でも、立ちっぱなしだったね。
下向いて。
なんだろう、そこに、意志のようなものは感じられなかった。
僕たちは彼らを責めているわけではない。
この仕組みをおかしいと言っている。
だっておかしいぜ。
誰だよ、彼らに、体を張って知事室を守れと指示したのは。
知事本人か?
そんな仕事のさせ方でいいの?
「お前らそこでずっと黙って立ってろ」とでも言うのか。
挙句知事は、11時過ぎに外出したらしい。
僕らに一言も告げずに。
伝言くらい出来ただろう。
それもしなかった。
祝島島民と、前日まで続いたピースウォークのメンバーは、15時頃に県庁を後にした。
悔しかった。
が、希望もある。
島民の会代表の山戸さんも言っていた。
今までの祝島の運動に、新しい人達の運動が、新しい連帯を生み出している、と。
ピースウォークのらんぼうは、県庁から札幌のメーリングリストやミクシィに
「今県庁でこんなことが起こっている。なんで知事は会ってくれないのか。会ってほしい。」
と秘書室に電話してほしい、と呼びかけた。
秘書室には電話が殺到したと聞いた。
そして10日以降、いろいろなところで、みなが、現地の様子をレポートしている。
もう、隠して進めることはできないよ。
祝島の人たちは言った。「私たちは生活をかけている。」と。
その「生活」の意味を、県職員たちは分かっているのか、と、改めて思った。
もちろん、僕たちも含めて、だ。
僕たちは、電車に乗って帰ってきたら、上関原発のことを忘れることもできる。
でも島の人たちは、いつも生活の場の中で、少なくとも視野の中で、上関原発がはっきりとした存在感で立たずんでいる。
彼らの生活。海と、風と、空と、家族と、静けさと、豊かさと。
その中に、騙されたり、苦しめられたり、孤立させられたりしてきた記憶が入り込んでいる。
しかも現在進行形で。27年間もの間それが続いている。
そんなやり方で、日本は全国に原発を作ってきた。
いい加減、終りにしようぜ。
そんなやりかた、誰のことも幸せにはしない。
島民を乗せたバスを見送るのが切なかった。
どんな思いで彼らは島へ帰ったのか。
どんな思いで、彼らはこれからも原発予定地を見つめながら暮らすのか。
それが、どれだけの間続いたのか。
そして、そのことを分かってくれる人が、今までどれだけいたのか。
以下、いくつかの映像を紹介します。
1、9月10日のニュース映像。
よかったら、見て、感想を局に送ってください。
2、昨年から祝島を訪ねて撮影した映像
祝島通信と名付けて、編集・公開していきます。
通信01は前回紹介しました。
昨日、02、03、04を作りました。
元原発労働者の磯辺一男さん、
氏本農園の氏本長一さん、
上関原発を建てさせない祝島島民の会・代表の山戸貞夫さん息子の山戸孝君の声を中心にまとめました。
今後も、編集を続けます。
3、北海道の映像
この間、北海道のHBCで、原発に関する報道がありました。
今年の五月に北海道泊村の原発PRセンター「とまりん館」を訪ねました。
そこでで「本物のウランペレットです」といって、ペレット状の物質を手渡されました。
この件について、HBCがニュースで報道を行いました。
ちなみに番組の中で流れる「見学者が撮影したビデオ」は僕が撮ったものです。
どんな圧力がかかる中での報道かは分かりませんが、勇気ある行動だと思います。
感謝と敬意を送りつつ、さらに率直な意見・感想を届けたいです。
このような報道を続けてもらうためにも、また、報道の内容をより具体的で踏み込んだものにしてもらうためにも、
感想を届けることは力になるでしょう。
以上、立て続けでしたが、報告でした。
では行ってきます。
拝

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