一年の計は・・・
みなさま
明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いします
今日は1月5日です。
この数日は、久しぶりに、ワークショップもイベントもない日々。
寝て起きて食べて寝る、起きて食べて、合間に初詣、みたいな日々です。
が、旧暦で言うと、今日は、師走十日です。
まだ年が明けていないわけです。
しかし、それでもこの数日間は、ぱったりと仕事の連絡が途絶え、人の流れが変化していくのを感じるにつけ、やはりここは大きな節目だな、と実感します。
人間が作った仕組みの影響力に、善も悪もなく、素直に感動しました。
携帯電話が鳴らず、メールが殺到してこない日々。
冬至から陰と陽の流れが折り返した10日後にやってくる、活動停止の時期。
止まることで流れ込んでくる様々な記憶を、じっと見つめていました。
この1年の間にしてしまったこと、出来なかったこと、忘れていたこと、気づかなかったこと、気づかないふりをしていたこと、見過ごしていたこと、見ないふりをしていたこと、、、動いていると見えない、色々な、大事なこと。
改めて、普段の自分の生活がスローライフとはほど遠いな~、としみじみ痛感しています。
仕事が立て込んでいるから追い立てられているのではないのです。
どんなに仕事が立て込んでいたって、リラックスしている人は、リラックスしています。
どんなに移動が多くても心は静止している人を、僕は知っています。
自分の心が忙しいから、物理的にも忙しくなるのでしょう。
さらに言うと、自分の意識が、このような状態を、呼び寄せているのです。
本当に100%、世界はすべて、自分の意識の投影であると、痛感します。
人のせいにしていたら、外界のせいにしていたら、どんどん本質から遠ざかっていくのでしょうね~。
分かっているつもりでも、ついつい原因を外に求めているな~と、反省しています。
旧暦の正月以上に、このサイレントな日々は、ありがたい気づきを頂くチャンスかもしれませんね。
(人間社会が静かになるのですから。)
そして、そんな「ストップメディテーション」な日々のおかげで、自身の中にある問題のありどころが、芋づる式に色々と見えてきています。
ありがたいことに、その上で、今は、まだ、師走です。
師走は、「為果つ(しはつ)」という言葉を語源に持つ、と聞きます。
突っ走るのではなく、やり残しのないように始末をつける、ということです。
ほったらかしにしてあること、手をつけっぱなしにしてあること、整理がついていないこと、、、、ありますあります。
走るどころかじっととどまって、やり遂げる、(または、やり遂げるという決意をあらためる)ということでしょう。
次の新月、太陽と月が陸まじく共に昇ってくる睦月一日(元日)まで、始めた事をきちんと輪にしていく作業を、大事にしていきたいと思います。
書いていて分かってきましたが、、、グレゴリオ暦の年始のタイミングにわが身を振り返り、気持ちを整え、そして、「為し果たすもの」を見極め、そこから約1月かけて、整理整頓して、新しい季節に備えていく。
そして睦月一日に、新しい志とともに、太陽と月の調和の朝に向かって、手と手を合わせて挨拶をする。
グレゴリオ暦と旧暦の両方を肯定することで、そのような素敵な流れが見えてきます。
双方の暦の恩恵に感謝します。
繰り返しますが、昨夜は上弦の月。
ということで、今は潮のなだらかな小潮の時期ですから、気持ちを沈めて、心の水面を見つめるには最適でしょう。
今日から、もう21つ寝ると、お正月。
その間じっくり、己を見つめていきます。
尚、来年(平成二十一年)の干支は己丑(つちのと・うし)です。
十干の「己」は、曲ったものを伸ばす、絡まったものをほどく、という意味があるそうです。
確かに、言われてみると、今の自分に必要なことは、そのようなことだと感じます。
ていねいに、ひとつひとつ、ほどいていく。
プラスとマイナスが混在している世界観・価値観を、ゼロにしていく。
物事をあるがまま、本質のままに見れるように。
本当の意味での謙虚さを身につけ、世界の美しさ、生命の美しさを、素直に讃え、慈しめるように。
そのような一年でありたいと、切に願います。
ワークショップとか、イベントとか、移動を続けながら過ごしていると、なかなか批判や注意を受けにくいという難点がついてまわります。
「ま、気になることもあるけど、どうせもう会うか分からないし、言わなくていっか。」みたいな。
ぜひ、言ってください。
また、そのようなことを言いやすいような、やわらかい人間でありたいと思います。
みなさま、これからも、さらなるご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
よい一年でありますように。
拝

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