世界のすべての場所から、被ばくによる苦しみがなくなりますように
長野を巡ってきました。
今回は、上田と飯綱。
その間に、清里にも行ってきました。
僕の母方の実家は群馬で、父方は伊豆だったので、原風景というと山を連想します。
特に群馬は、中学校に入るくらいまでは長期休暇のたびに1週間くらい滞在していたので、
海から遠い山、という雰囲気は、とても懐かしいものがあります。
なぜかわからないけど、海から遠い場所にいる間に、思い出した事があります。
僕が核に関わりはじめた頃の感覚、感情。
ウラン鉱山への思い。
世界の被ばく者たちへの思い。
ウランを掘る時点で、被曝者が生まれます。
インドのジャドゥゴダで。※「ブッダの嘆き」
オーストラリアで。
カナダで。
アフリカで。
カザフスタンで。
アメリカのナバホ族居留区で。
先住民といわれる人々が、今も被曝しています。
そしてその事が無視され続けています。
その事を無視して、「原子力は発電時に二酸化炭素を出しません」と語る言葉に、憤りを感じてしまいます。
自分だけよければいい、と、聞こえてしまいます。
昨日、フランスから、プルトニウム混合燃料(MOX燃料)が日本に届きました。
皮肉にも、忘れられない誕生日になってしまいました。
これらの燃料は、これから佐賀、愛媛、静岡の原発で使うためのものです。
佐賀は、プルトニウム爆弾を落とされた長崎の、目と鼻の先。
プルトニウムと聞いて、長崎の人達はどう思うのでしょう。
何万人、何十万人ともいわれる、被ばく症の人達は、何を感じるでしょう。
安全とか危険とか、何パーセントの確率でどうこうとか。
そんな事じゃなく。。。
怖いと思っている人がいる。
やめてくれと、心から叫んでいる人がいる。
声なき声がある。
その声を聞かずに、
多数決に物を言わせて、
洗脳とも言える広報に莫大な予算をかけて、
強引に事を押し進めるやり方。
これを暴力と言わないで何と言う。
燃料輸送船は、オーストラリア、ニュージーランド、パラオ、ミクロネシア、、、
太平洋の島々のそばを通ってやってきたという。
彼らは、大気圏核実験でたくさんの命を奪ったプルトニウムの怖さを知っている。
今回も、たくさんの反対の声明文が、出されている。
そしてその声は、封殺されている。
これはれっきとした帝国主義、侵略者中心主義による暴力だ。
頼むから、これ以上、いじめないでくれよ。
頼むから。。
もうこれ以上、被ばく者を増やしたくない。
もうこれ以上、悲しみの声を増やしたくない。
もうこれ以上、傷つけたくない。
他人も自分もないのだから、人を傷つけるということは、自分で自分を傷つけているということに等しい。
誰かを傷つけ続けるかぎり、僕たちはどんどんしんどくなっていくだろう。
誰かの声を無視し続ける限り、僕たちはどんどん、自分の心の声が分からなくなっていくだろう。
僕たちが何者で、何のためにここにいて、どんな時に幸せを感じ、どんな時に安らぎを覚えるのか、
どんどん分からなくなっていくだろう。
そんな生き方は、もう終わりにしよう。
ウランを掘らないでほしい。
出来ることなら、もう、一粒も掘らないでほしい。
制御も出来ない、だれひとりとして殺さないようには出来ない、処分方法も分からない。
そのことが、物語っているだろう。僕たちの扱える領域を越えたしろものだということが。。
地球は痛がっているんじゃないか?
と思う。
少なくとも、地球の一部である僕の心は、とても痛い。
「世界のすべての場所から、被ばくによる苦しみがなくなりますように」
僕の書いたブックレット「わたしにつながるいのちのために」の冒頭の言葉。
わたしにつながるいのちのために
願いは、ここに尽きる。
このブックレットを書きあげてから、堰を切るように、怒涛の日々が始まった。
「六ヶ所村ラプソディー」という映画を観たい人達のもとを回ってきた。
映画を観た人たちが知りたいと思う事を、噛み砕いて伝えることをしてきた。
映画を観た人たちが、観た後にどうすればいいかを話し合える場を作ることをしてきた。
それはそれで、とても必要なことをしてきたと思う。
でも、代弁とか、説明とか、「こんな話をしてほしい」という要望に応じることに忙しくしているうちに、、、、
いつの間にか、なんのために、何を達成したくてここにいるのかが、少し分からなくなっていたかもしれない。
僕の中で、制御がきかなくなる瞬間がある。
世界にごまんといる、知らないうちに被ばくをしてきた人びと。
その姿。
その仕打ち。
彼らの社会的立場。
想い。
世界中ですでに被曝をしていて、そして、「もう二度とこんな事が起こらないように」と、
世界に向けて祈り続けている人たちの、その思い。
彼らの事を語る時、僕は、自分の感情を抑えることが難しくなる。
淡々と、客観的に、分かりやすく伝える自信がない。
怒りも溢れてくるし、悲しみも溢れてくる。
だから、逆に、映画の上映会や、お話会で、その事についてあまり触れることがなくなってしまった。
「俺は映画を見に来たんだ。お前の意見を聞きに来たんじゃない。」
「あなたは反対運動を煽りに来たのか。」
などなど、はっきり言われた事も少なくない。
だから、制御をするようになった。
そんなことを繰り返しているうちに、僕は自分の本当に感じていること、言いたいこと、向き合いたいことを、
少し忘れかけていたように思う。
先日、ひさびさに、人前で世界の被ばくについて語って、そして、思い出した。
僕の中の、制御不能な、本能が、魂が、強く強く響くもの。
自分を呼んでいる声のようなもの。
イメージすると心が熱くなるもの。
僕が制御する事の出来ないもの。
僕を突き動かし、僕を導くもの。
世界の被ばく者の声を聞くこと。
世界の被ばく者とともにあること。
ひとりの被ばく者も生みだしたくない、という、世界中の声なき声とともにあること。
その願いを実現するためにはたらくこと。
僕ははたして、世界の被ばくの苦しみを、和らげるようなことを出来ているのだろうか。
癒すことが出来ているのだろうか。
たとえ一歩ずつでも、その道を歩めているだろうか。
とりあえず今、ここに立っている。
ここでもう一度、問いなおしたい。
非核への道、
すべてのつながる命が核の脅威から解放される未来へと続く道を、歩めますように。
この問いかけと、この祈りと、共にあることさえ出来れば、
僕を呼ぶ内なる声を聞いてあげることが出来ていれば、
映画の紹介も、代弁も、説明も、噛み砕いた話も、
その時々の状況が求める色々な仕事も、もっとうまく出来るようになる気がする。
何をしているかが大事なのではなく、どのようにそれをしているかが大事なのだから。
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コメント
初めまして。
私はあなたのお話が聞きたいです。
28日夜、吹田にお伺いします。
仕事帰りなので、車ですが・・・すみません。
よろしくお願いします。
投稿: とも | 2009年5月26日 (火) 09時36分