【6:22】
少し明るくなったとはいえ、まだまだ暗い中
エンジンの音がしています

【6:33】
台船が風をさけるため、移動します
今日、明日と時化の予報です

【7:14】
固定し終わったようです


【8:14】
車が続々と集結しています


【8:38】
測量が始まりました
写真もたくさん撮っているようです

【11:04】
作業員の人たちと対話
わたしたちが何故こういう行動をしているのか
作業員のかたは何故工事をしたいのか…

【11:53】
浜辺でお昼ごはん

【13:12】
「また明日きます」といって帰っていきました

コメント
シーカヤックのかたが転落して意識不明になった事件の顛末を記録したビデオが反対派の方々により公開された、とTYSのニュースで報じられていました。ネットでみれますか?(不思議なことに、TYSのホームページではそのニュースを見つけることが出来ませんでした)
投稿: hara | 2009年11月11日 (水) 19時54分
測量をし、写真をたくさん撮っていった人たちは、はたして自分たちがやっていることについて、疑いを持ったりすることがあるのだろうか、ないのだろうか?
虹のカヤック隊の皆さん、お疲れさまです!
投稿: hitoshi | 2009年11月11日 (水) 19時58分
TYSに質問したら、次のような返答でした。
「いただいたメールへのご回答です。弊社のホームページでは放送したすべてのニュースを扱うわけではありません。またビデオがインターネットで公開されているかは知りませんのでお答えできません。以上です。 tys報道部 tel083・923・6113 fax083・925・7667」
だれが回答したのかわらかないし、書き方も少々ぞんざいです(「知りませんのでお答え出来ません。以上です」)。11月11日のTYSスーパー編集局でのトップニュースだったので、ホームページにのらないのはおかしいのでは?(他のニュースはのってました)スポンサーの中国電力への配慮か、と勘ぐりたくなりますが・・。
投稿: hara | 2009年11月11日 (水) 21時01分
漁船が全然見あたりませんね。
今日は、風が強かったみたいだから、27年間の抗議も一時お休みしたのかな?
そんなもんかっ!
投稿: あれっ? | 2009年11月11日 (水) 21時05分
まずは誹謗・中傷も削除しない管理者に敬意を表します。
私は瀬戸内出身で、今は中国地方以外に住んでおり、地域振興をテーマとして研究をしていたシンクタンクの元研究員です。
街づくりのために色々な地域を訪問し、色々な人と話をしました。
怪我をされた方を含め、純粋な心で反対運動をされている若者に罪はないと思っています。
特に20代であれば経験も浅い上、やむを得ないと思います。
ところで、学級肌でへそ曲がりであるせいか、一方的な意見には懐疑的に思ってしまいます。
サイト上では、中国電力、国、県をはじめ、総じて体制には批判的な意見です。それは相手が大きい以上、仕方がありません。
自分なりの意見を持つため、反原子力のご意見番である「原子力資料情報室」のサイトも閲覧しています。創設者である高木仁三郎先生についても調べ、回顧録にこんなサイトがありました。
http://www1.jca.apc.org/iken30/News2/N64/N64-18.htm
この鼎談には、現在の原子力資料情報室のメンバーも入っています。ちなみにこのサイトはどちらかというと反体制ののサイトです。
(推進派の捏造と思っていただいても結構ですが、高木仁三郎先生が三里塚闘争に関わっていたことは当時を知る人間には周知の事実です)
反対派の監視小屋が重なるのは気のせいですか?今までこうした運動って、プロレタリアート革命のような気がしたのですけど、マスタングとか乗っていたのですね。
これを知ると、中国電力・国・県だけが悪人ですか?若者を純粋な心を体制に負けた元活動家に利用されているのでは、と思うのは杞憂でしょうか?それでも反対するというなら結構です。
ただ、シーカヤッカーに接触したブログを見て、がっかりしました。
http://blog.goo.ne.jp/uuurryyyyyyy/e/f4f4bff0b826e94992513e79e1fafaaf
その中の一部を抜粋すると、シーカヤッカーが、訪問したブロガーに対し、
「いや-、来てくださってありがとうございます。また暇つぶしにでも遊びに来て下さいよ。」
「ここは原発テーマパークですからね。外国行くよりよっぽど楽しいですよ!」
と語っています。これに対し、このブロガーは、
「あの人テーマパークって言ってたね‥‥‥遊びやん。」
とコメントしています。この人は「結論は今まで通り、原発はこれ以上いらない。」とするスタンスであり、原子力に関して懐疑的な方です。
しかし、私とは考え方は異なりますが、非常にまっとうな神経の持ち主です。
もし、お祭り意識で上関に来ているシーカヤッカーは即刻退場すべきです。
上関町民の大部分の気持ちと27年間の祝島の気持ちを踏みにじるだけでなく、全国の方の寄付もムダにするだけです。
本気で祝島の将来を懸念するなら、祝島で結婚し、子供を生み、国や県に依存しない経済モデルを立て、反対運動を継続するべきです。イメージだけではなく、自分たちの祝島の将来の経済効果の試算も合わせて示すべきです。
私は、原爆を落とされた第二次世界大戦の発端がエネルギーの争奪戦だったと思っています。そして、不利な状況で戦争に突っ走ったからこそ、原爆が落されたのではないでしょうか?
明確な歴史観もなく、「放射能はどんなに少なくても危険」とか「原発の近くでは癌の発生率は多い」等の非科学的なことで他人を先導し、ファッションで原発反対運動をする人間には強い嫌悪感を覚えます。こんなこと言うと、既存の原発地域に住んでいる方に差別を与えます。風評被害は反対派自身がもたらしているのでは、と思っています。
是非、シーカッヤカーの今後の活動方針を聞きたいものです。
投稿: 野口五郎岳 | 2009年11月12日 (木) 22時58分
放射能の健康被害を、過少に評価する国の御用学者の意見を、まともに聞いている意見にあきれます、それは、広島、長崎の原爆症の認定と、おなじ、隠ぺい政策を認めようとしない意見です、いまだに、健康被害はつづいている実態がかくされています。原爆投下後の詳しいデータは、米軍によって持ち去られ、そのことを、データがないのは、健康被害がなかったという、とんでもない詭弁を使っているのです。
患者は、なるべく静かにしておきたいという、心情を逆手にとった卑劣な論理です。科学的な危険性については、諸外国では、十分に立証されているのにもかかわらず、いまだに、認めないのは、広島、長崎から始まった、健康被害の隠ぺいのつじつまあわせです。
原発労働者の被曝も、臨時作業員、季節労働者という、追跡調査ができにくい抜け穴だらけのデータで、どこに信ぴょう性があるといえるのでしょうか。
原発を小さな町の問題以上に取り上げられることが、できないほど、危険なデータは、でています。多くの人が知らされていない実態こそが危険です。
投稿: 孝彦 | 2009年11月12日 (木) 23時46分
>科学的な危険性については、諸外国では、十分に立証されているのにもかかわらず
内容を教えてください。国連の資料でしょうか?
>原発労働者の被曝も、臨時作業員、季節労働者という、追跡調査ができにくい抜け穴だらけのデータ
「放射線管理手帳制度」はご存知ですよね?全て改ざんですか?
みなさんの求める社会というのは、どんな社会でしょうか?
どんな産業連関表を持っているのでしょうか?その中の投入係数はいくつなのでしょうか?
近代経済学の手法を使わないのなら、マルクス経済学でも結構です。
大企業に労働者の剰余価値を搾取されるというのであれば、完全な共産社会ですか?
貨幣を否定し、農業や漁業のみの社会でしょうか?
行く先は「クメール・ルージュ」ですか?(そんなバカなことは考えていないと思いますが)
地域振興を研究する者として非常に興味があります。
投稿: 野口五郎岳 | 2009年11月13日 (金) 05時31分
>お祭り意識で上関に来ているシーカヤッカーは即刻退場すべきです。
ブログの匿名のコメントを見ただけでは、お祭り意識で上関までわざわざ来て反対運動を続けている人たちが何人いるかわからないでしょう。「ファッションで原発反対運動をする人間」は実際何人いるのでしょうか。本当にシーカヤックタイの中にいるのでしょうか。あなたの批判の前提になっているのは、ブログで見つけた匿名のコメントですね(だれがかいたものでしょう)。何人いるのか、実際現地までいって調査しましたか?
「ほんとに祝島のことを考えるなら祝島で結婚して子供を作れ」といいますが、アフガニスタンに支援に行く方々に「本当に国のことをかんがえるならここで結婚して子供作れ」というでしょうか。自分に出来る範囲で精一杯やっているだけです。とくに原発はなにか間違いが起きれば隣接する街や県にも影響を与えかねないので、広島のかたが反対運動してもなんの不思議もないです。
上関にまで飛び出して反対運動する方々よりも、無意味に専門用語を振り撒き、議論に没頭している「研究者」やわれわれ傍観者のほうに嫌悪感は向けられるべきではないでしょうか。
投稿: hara | 2009年11月13日 (金) 13時59分
最初に申し上げておきますが、私は机の上で素人にはわからない経済モデルをいじっている人間ではありません。
シンクタンクの元研究員ですが、今は職を変わって団体職員です。ただ、一貫して発電所をはじめとした地域の町おこし業務に関わっています。これからもそれがライフワークだと思っています。
上関には住んだことはありませんが、皆さんが来る前に行ったことがあり、上関町に住んでいる人・住んでいた人も何人か知っていますし、こちらで一緒に酒も飲みます。
したがって、シーカヤッカーがいつも10人ぐらいいるのは知っています。
さて、コメントの件ですが、
>アフガニスタンに支援に行く方々に「本当に国のことをかんがえるならここで結婚して子供作れ」というでしょうか
みなさん仕事を持っていたり、家族がいたりとしがらみが多いことは承知しており、強制はできませんが、実行した人は、たとえ全く自分と考え方が逆であっても、尊敬します。戦争や暴力は決して是認できるものではありませんが、第二次世界大戦後、アジアで地元の開放運動に参画し、そのまま残った日本兵の精神は崇高なものだと思います。
また、発電所が建つ前や建った後に、電力会社の人が地元の人と恋に落ち、立地点が第二の故郷になっている人をたくさん知っています。
>原発はなにか間違いが起きれば隣接する街や県にも影響を与えかねない
その通りです。事故が起こる確率がゼロとは言いません。しかし、日本で致命的な放射能漏れが起こった原子力発電所はあるでしょうか?事故を起こさないために、ものすごい努力をしています、この瞬間にも。9/11以降、原子力発電所がテロ対策上、一般の方は入れなくなったため、その努力をお見せすることができなくて残念です。
「海岸の工事の中止を求めるシーカヤッカー 09.11.11」のYOUTUBEを拝見しました。
申し訳ありませんが、このシーカヤッカーの態度は作業員の方に大変失礼だと感じました。
作業員に罪はありません。こんなものを流して共感を得ることができるのでしょうか?
現場にいないにしても、この言葉は国や県、中国電力に言うべきです。さすがに作業員の方は大人だと思いました。
最初にも申し上げましたが、私は月に1~2回程度、原子力発電所の町を訪れ、現地の町役場や学校の方とお話することがあります。発電所が建つ前は、反対運動が盛んで苦労されたようですが、今はどこも静かで素晴らしい町です。少人数学級であるせいか、豊かな自然が教科書で学ぶことに結びつき、東京の塾通いの子供とは全く違う知性を持っています。
「発電所を建てて、海を殺す気か」と言われる方もいますが、排出される放射能で海が汚れるのでしょうか?確かに埋め立てしたところは死んでしまいますが、魚は普通に取れていますし、おいしいです。出張へ行くたびに寿司や刺身を食べています。
原子力発電所が建った町が何も課題がないかというと嘘になりますが、町の人は新しい産業や物産品をつくろうと必死です。町役場の方から悩みを聞いたりすることもあります。
だからこそ、ビジョンのない反対運動が嫌なのです。祝島の人には役に立っているかもしれませんが、貴方たちが非科学的なことをメッセージ発信することは、上関の人や全国の原子力発電所立地地域で穏やかに生活している人の風評被害につながります。申し訳ありませんが、現時点では、貴方たちより電力や町役場の方が地域振興のビジョンを持っていると思います。
近いうちに一度、今の上関を見て、自分がこれらの人に何ができるか考え、実行するつもりです。貴方と同じく、私は何ももらっているわけではありません。こんなことをやっても給料が出ないため、嫁さんには呆れられる始末です。でも、地域のため、エネルギー自給率4%で生きていかなければならない子供の未来のため、私は誤った情報にはカウンターを発信します。
これからも掲載をお願いします。
投稿: 野口五郎岳 | 2009年11月13日 (金) 23時14分
原発で地域振興をした地域は、どこも増設だけが便りです。建つまでが一番お金が入るからです。そして原発もいつかは廃炉になり、廃棄物処理というおそろしくやっかいな問題を抱えることになります。私の地域も今この問題に直面し、さらにもっと困った「巨大地震が原発をいつ襲うかわからない」という状況です。
8月の駿河湾地震が起きたとき、今までにない大きな揺れに思わず「東海地震か!」と何も動けませんでした。そして次の瞬間には原発が心配になりました。
あとで友人に聞いた話ですが、原発の近くに住むその人の娘さんは、揺れが収まってからしばらく心配で窓が開けられなかったそうです。
8月の駿河湾地震で止まった浜岡5号機は、マグニチュード8で想定されていた大きさの揺れを観測しました。つまり、マグニチュード8でこのくらい揺れるだろうと想定されていたものが、マグニチュード6,5で出てしまったのです。
本番の東海地震が来たらいったいどれだけ揺れるのでしょう。
国も県も自治体も、地震と原発の事故がセットで起きる事態など想定していないし、そんな防災訓練もしたことがありません。安全確保を電力会社に丸投げ状態です。
ある懇談会の席で、県の防災担当だった専門家に「県の東海地震被害想定の被害者数に浜岡原発の事故は含まれていますか」と尋ねたことがあります。彼の答えは「入っていません」「では、県は東海地震が来ても浜岡原発はだいじょうぶという見解ですか」「事業所なので含まれていません」ぶったまげてしまいました。
こんなありさまなので、浜岡原発地元四市の世論調査では、8割以上の人が原発の耐震性に不安を感じています(8月の地震以降この数字はもっと増えているでしょう)。
地震は止めることができません。日本のような地震国に原発を建てるにしては、あまりにも原発の耐震安全性がなおざりにされていると感じます。
投稿: FUJITA | 2009年11月14日 (土) 01時21分
FUJITAさん
それは対策すればいいって問題なのでは?単に対策が不十分なのを指摘するのと、そもそも原発反対なのは整理した方が良さそうですね。
あと、原発立地地域が廃棄物の処理処分の問題を抱えているというのはおかしいですね。日本全体で抱えている問題です。
投稿: みぃ | 2009年11月14日 (土) 05時10分
>原発もいつかは廃炉になり、廃棄物処理というおそろしくやっかいな問題を抱えることになります。
おそらくNHKスペシャルの受け売りですね。みなさんもそう思うかもしれませんが、テレビや新聞が必ずしも正確に伝えているとは限りません。
(個人的には、NHKは受信料を取って放送しているのに、放送内容に特定の思想が感じられるので、もっともけしからん放送局だと思っています。)
ご指摘の通り、いつか廃炉になるのかは事実です。また、解体後の廃棄物の処分場所が決まっていないのも事実です。ただし、解体自体は「おそろしくやっかいなこと」ではありません。解体撤去に伴って発生する廃棄物の97%以上は放射性廃棄物として扱う必要のないものです。物によってはリサイクルする方針です。
>8割以上の人が原発の耐震性に不安を感じています。
原発の耐震性に不安を持つのは当然です。ただ、中越沖地震にしても、夏の駿河沖の地震でも、設計どおり制御棒が作動し、きちんと原子炉が停止しました。仕事で某原発の建設現場に行ったことがありますが、土台に分厚い鉄筋コンクリートが何層にも渡って敷き詰められており、頑丈な設計に驚きました。これに加え、各地の原発も、さらに安全性が高まるよう耐震安全補強工事が行われています。建築の専門家ではありませんが、色々な取り組みを見ていると、技術で解決できる問題のように感じます。それを素人にわかりやすく伝えるのが、国や電力会社の仕事ですが。
投稿: 野口五郎岳 | 2009年11月14日 (土) 06時24分
野口五郎岳さん
上関原発に反対する人たちの行動の一部が、
既に原発が建っている地域に対して、何らかの偏見につながるような
行動に見えているとしたら、それはとても残念なことです。
おそらく誤解である場合が多いとは思うのですが、
反対している自分も表現には気をつけなければと思っています。
原発を取り巻く事業が、これまでの日本において
一つの選択として存在したこと、そしてその選択を
してきた自治体が、あらゆる問題を乗り越えながら
現在に至っていること、個人で知れる範囲のことではありますが、
決して否定するつもりはありませんし、否定できるはずもありません。
むしろ、これまでの社会の矛盾を
一手に引き受けてきてくれた地域ともいえ、
申し訳なさと感謝もありますが、なにより
そのことをより理解し、各地のこれからを
応援したい気持ちでいます。
ただ、上関は、これから埋め立てて、
原発が建とうとしているのです。
上関町長は、「お年寄りにすこしでも楽をさせてあげたい、
町の財政の将来を考えて選択した、町民の暮らしを
ある程度保証できる財源を確保するためで、
原発がいいと思っているわけではない」と、以前ニュースに
コメントされていたかと思います。
(記憶だけで書いてしまっています、
細かい発言について思い違いがありましたらすみません)
そして、いまだに3割強の方が反対しているという現実。
もし、この地域に、推進反対の対立という構図ではなく
一つの選択肢として原発を誘致するということが
議論される状況があったとします。
この地域のみなさんは、それでも原発を選んだでしょうか。
私には、そうは思えないのです。
そして、推進派の方に聞いてみたいこと。
(野口さんは単純な推進派、というよりも、
あくまで地域振興の観点から関わっている方の一人だとのことですが)
>10年遅れのプルサーマルに見る原発の末期症状
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20091114-01-0901.html
日本の原子力の抱える課題について、以前から
こういう意見がありますが、それに対する
推進派の方の本気の反論を、私は未だに聞いたことがないのです。
このような意見、現状について、どうお考えですか?
そして、原子力事業を中心とする自治体の
将来について、具体的にどういうビジョンを
持っておられるのでしょうか。
推進する方を責めたいのではありません、
具体的に一般人にもわかるビジョンがあるなら、
それについても理解したので、言葉を尽くして
示してほしいのです。
現在のところ、私にはどうしても、
自然海岸を埋め立て、地元を対立させてまで、
ここに原子力発電所を一から作る意義を感じないのです。
それだけの工事ができる人/ハード面での
資産とエネルギーがあるなら、上関には
他の選択肢があるのではないでしょうか?
また、対立によって失われる人と人との信頼関係、
地域力という意味でのエネルギー、
それはこのブログの主催者の方が書かれていたように、
数値化できるものではないと私も思います。
ただ、政策を考えるような位置にいる方は、
時間によって問題の希釈化を待つだけでなく、
極力そのことをすくい上げ、より適切に、
対立によって失われる価値を評価しようと
つとめるべきだと思うのです。
推進反対いずれにしても、その評価がまっとうに
加えられてはじめて、はじめて各地域の対立は
乗り越えていけるのではないでしょうか?
また、少し話題が違いますが、あえて書かせていただくと、
祝島の方々の長年の行動は、海は誰のものでもないのだという
根源的な問いかけを、社会に投げかけていると思います。
もちろん、これまで、日本でこの海を具体的に守るためには、
埋め立て海域が自分たちの漁場であり生活の糧を得る場だと
具体的な利害関係を主張する以外になかったわけで、
(それも実際の争点の一つではありますが)
そのことを通してこれまでの日本社会に問われ続けてきた
問題の本質に、私たちは思い切って取り組むべきで、
今がまさにそのときだと感じています。
じゃあ共産主義がいいのかとか、そんな話が
したいのではなく、あくまで日本の民主主義の成熟に
さけて通れない議論だと、私は思っているのですが、
推進の方にこういうことを言うと、あっさり
共産主義だと言われて話が終わってしまう場合があり、
それ以上の話にならないことも多く、寂しいです。
今頃このレスにコメントを追加して申し訳ありません。
野口五郎岳さんがシンクタンクの元研究員だったということで、
そういう方にこそ聞いてみたく、コメントさせていただきました。
なんらかのご意見がいただけるとうれしいです。
投稿: becchi | 2009年11月17日 (火) 12時57分
優しいコメントありがとうございます。
また、返事が遅れて申し訳ありません。私も本業が結構忙しいので。
それから匿名であることもお許しください。命令されている本来の仕事ではないため、所属する組織の許可を得られないからです。
以下の通り、回答します。どうしても専門用語が出たり、難しい表現があったり、感情が全くない表現があるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
「全部、推進派の嘘だ」と思っていただいても結構です。コメントを削除していただいても構いません。これは、私の個人的な意見ですが、推進派=嘘つき・拝金主義、反対派=誠実・純粋という公式は必ずしも成り立たないということです。
(becchi さんがそうとは言いません。反対派の人がこのように穏やかに話ができれば苦労しません。)信じられないかもしれませんが、世の中には「職業・反対派」の人もいます。そういう人の情報が、何も知らない人に浸透していくのが許せないので私はここに登場しているのです。
まあ、私の所属する組織の人間の中には「反対派に不毛なことしている」と思う人が結構多いのも事実です。
【既設の原発立地地域への偏見について】
まず、みなさんの言葉で絶対に誤りであり、風評被害をもたらすと思われるのは、「原子力発電所から出る放射能で海が死ぬ」「魚が食べられなくなる」という意見です。たしかに、微量の原子力発電所からは微量の放射性物質が出ますが、普通の人が生活して受ける線量より1/20以下に設定されています。胃のレントゲンの方がはるかに大きい放射線を浴びるのです。
当然、自然の海水中にも放射性物質が含まれています。「山口県の阿知須沖で2007年に行われた放射能特定調査では、微量ながらカリウム40やストロンチウム90が…」という細かい話はあまり聞きたくないと思いますのでやめておきます。日本全国のデータが「日本の環境放射能と放射線」というサイトに公開されていますので興味があれば見てください。
www.kankyo-hoshano.go.jp
したがって、魚や農作物が食べられなくなることは一切ありません。それが原因で癌になる訳がありません。もし、原発立地地域で、癌や白血病になるという数値をお持ちなら、教えてください。事実関係を確認します。そんなことは聞いたことはありませんが…。
【原発立地の意志決定】
地域振興のための選択肢が原発しかないわけではありません。当時の町長や議会も、町の存続を真剣に考えて、散々悩み、受入れをしたのだと理解しています。
当然、原発立地には住民意見を聞くしくみもあります。住民の意見を聞いた結果、その可否を国が判断します。
http://www.energia.co.jp/atom/atom15-3.html
そして、それでも納得できないから、反対派住民が裁判を行うわけです。どんな社会もそうですが、何か大きなことをしようと思うと必ず誰かが反対をします。みんな大満足するのが一番ですが、大きな利害関係が発生するので物理的に無理です。そして、それを調整するのが裁判所の役目です。本当に原発を止めようとすれば、何としてでも裁判で勝つべきでした。
現在、祝島が反対していますが、苦渋の決断をした上関町の人は原発の建設を一日も早く望んでいるでしょう。
確かに「海はみんなのもの」ですが、言い出したらキリがありません。だから、通常、漁業権が設定されています。血も涙もないように聞こえるかもしれませんが、落し所を考え、敗戦時に有利な交渉を行うのも組織のリーダーの役目です。(相手を追い詰めないように勝者も配慮する必要がありますが)
そして、埋め立て場所に旧祝島漁協の漁業権が本当に存在したのか、確認した方がいいと思います。確か四代ともう一つの旧漁協のものだと上関町の人から聞いたことがあります。
一旦工事を止めて議論をし直すことは、膨大なコストが発生します。「それでもいいから止めろ」と全員が判断すれば止まりますが、誰も膨大なコストを負担したくないでしょう。祝島も限界かもしれませんが、中国電力も限界だと思います。「太陽光や風力といった自然エネルギーで代替すれば」という考えもありますが、それが物理的・コスト的にできるのであれば、交渉が面倒な原発なんて最初から持っていかないでしょう。(最近は風力も面倒ですけど。)
【核燃料サイクルの必要性について】
まず、ご承知いただきたいのは、ご紹介いただいたサイトで発言されている飯田氏が強硬な原子力反対派であることです。テレビに出ているときはもっとソフトな話し方ですが。
現在、核燃料サイクルが未完成(予想以上の大幅な遅れ)ことは事実です。そして、核燃料サイクルには、多少のコストアップにつながり、技術力が必要のも事実です。
そして、世界でプルサーマルを実施した実績は十分にある反面、継続している国が少ないのも事実です。そして、フランスの高速増殖炉が終了するのも事実です。現在、高速増殖炉を持っている国は、日本のほかに、ロシア・インド・中国であり、これから原子力を進めていく国です。
(推進派にとって特になる情報ではないかもしれませんが、事実ですので書きます)
では、コストをかけてまで核燃料サイクルが必要かといえば、私は必要だと思います。使用済み燃料を備蓄しておけば、ウラン供給が逼迫した時のエネルギー源として利用できるからです。 また、エネルギー自給率4%の日本にとって高速増殖炉が完成すれば、エネルギーを国内で自給できるため、自然エネルギーと同様、開発を続けるべきだと思っています。高速増殖炉に時間がかかることは原子力黎明期より自明の上であり、プルサーマルがその「つなぎ」であるのは1961年の原子力長期計画で既に予測していたことです。こんなに時間がかかるのは予想外でしたが。
私の歴史観では、戦争をしたのは日本が資源を持っていなかったことが大きな原因であるため、核燃料サイクルが完成すれば余計な戦争に巻き込まれなくて済むと本気で思っています。推進派が必ずしも私と同じ考えばかりの人ではないことも事実ですが、子供が現在と同じようにエネルギーを利用できるためには、不可欠な技術だと思います。
【原発建設後の町づくりについて】
私は原発と漁業は両立できると思っていますし、既に原発がある地域がそれを証明しています。原発ができれば、働く人が増えますから、子供も増えます。日本の原発には蓄積された技術があり、世界も原発拡大に向けて動いていますので、海外からの視察や受け入れもあるでしょう。
具体的な町づくりは、これからみんなで決めます。例えば、地元の農産物や魚のブランド化、販路の拡大なんかもできます。道路も整備されますし、老人ホームも作ることができるでしょう。皆さんが問題視する温排水で養殖をやっている地域もあるぐらいです。
電源立地地域振興センターに電気の税金を使った色々な事例が紹介されていますので見てください。
http://www.jcci.or.jp/machi/dengen/dengen.html
夏休みに発電所見学と自然教室をセットにしたイベントもできるのではないでしょうか?
【最後に】
もし、上関が頓挫したらどうなるでしょう?
昨今の国内外の情勢から考えると、間違いなく中国電力は温室効果ガスの排出権を大量に買うことになるでしょう。(原子力比率が極端に低い中国電力は既に大量に買っていますが)
良くも悪くも民主党は環境政策に熱心なため、環境税を導入したり、排出量割り当て・取引を行ったり、自然エネルギーの全量買い取りが導入されそうです。一見良いことですが、現状を無視して強制的に導入するコストは消費者が負担することになっています。一般家庭の電気料金は許容できるものかもしれませんが、大口の工場等は大変なことになります。これに膨大な排出権が加算され、しかも外国にお金が流れるとなると、祝島や上関どころか何も中国地方にメリットは全くありません。
建設が進めば、私も何年か住むかもしれません。だからこそ、長い目で見た地域の発展が重要だと考えるのです。
長々とすみませんでした。
投稿: 野口五郎岳 | 2009年11月17日 (火) 23時30分
宇久島の風力発電の反対運動
http://minkara.carview.co.jp/userid/257830/blog/13968835/
風力発電と低周波音による健康被害
http://www.geocities.jp/alfalfaljp/begin/began/huryokuhatuden/teisyuha.html
草津温泉は嬬恋村・地熱発電計画に絶対反対
http://blog.goo.ne.jp/kusatsu888633/e/f1e54500f754b319d68816e6dbe66282
最大出力100万kwの水力発電という空前規模の多目的ダム建設が反対運動で計画撤回
http://wapedia.mobi/ja/%E5%88%A9%E6%A0%B9%E5%B7%9D
火力発電所4カ所で煙突占拠=温暖化対策の加速要求 グリーンピース
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200907/2009070900168
中国電力へ申し入れ「石炭火力発電所の建設中止を」
http://www.news.janjan.jp/living/0802/0802160901/1.php?action=tree
世界中のどこにこんな発電所がありますか 火電阻止協
http://www12.ocn.ne.jp/~sosikyou/tabusapannfu.html
このように電源開発は化石燃料でも再生可能エネルギーでも、反対する人は必ずいます。
さすがに太陽光と天然ガスは反対がなく問題ないように見えますが、全ての建物にソーラー
パネルがつくようなになれば、日照権が余剰電力販売権となり、日本中で訴訟やトラブルが
多発し、建築・不動産業界は困難な時代を迎えることになるでしょう。
また、ガス会社がクリーンエネルギーとして普及に努めている天然ガスも、実は原油に連動
して値が動くものなので、原油高騰時には苦労することになるでしょう。昨年のような原油の
高騰はもうないだろうと安心している人が多いようですが、昨年の高騰はただの前兆で、そう
遠くないうちに本格的な原油高騰が起きるのは間違いありません。
中国の実質経済成長率(GDP成長率)推移
http://www.brics-jp.com/china/gdp.html
原子力もバラ色ではなく、本来危険な放射性物質を施設内に閉じ込め、外部環境に影響が出
ないよう厳重に管理しなくてはなりません。高レベル廃棄物も万一数量が合わなければ「核兵器
転用のため密かに備蓄しているのではないか?」と、外交問題に発展するかもしれません。
どんなエネルギー源にも光と影があるものなので、必要以上に恐れず、また美化し過ぎることが
ないよう、お互い冷静に考えていく必要があるのではないでしょうか。
最後に、野口五郎岳さんとブログ主さんのやりとりを読んで、賛成派の意見でもあえて削除しない
ブログ主さんのお気持ちが少し理解できました。私も誹謗中傷になるようなコメントは慎みます。
今後、賛成派、反対派、その他の方々の理性的な議論の中で、本当の「争点」が明らかにされて
この問題を解決する糸口となることを期待しています。
投稿: まろ | 2009年11月18日 (水) 21時27分
野口五郎岳さん
丁寧なお返事、ありがとうございます。早くにお返事いただいていたのも関わらず、反応が遅く申し訳ありません。お返事を読んで、すぐにまたお聞きしたことがいろいろありましたが、意見の相違点について、自分なりに整理してから、次の質問をと思い、なかなか書き込みができないでいました。それでも、毎日考えていました。その間に、最新記事の方で、野口さんと他の方とのやり取りを拝見し、もう書き込みはされないとのことで、大変残念に思っています。野口五郎岳さんに対して「はしたない」とコメントされた方の気持ちも、正直、私は個人的にわかる部分もあります。しかしながら、問題の本質はそこではないということもわかっているつもりですし、このサイトをご覧の多くの方も、そのことを理解しているはずです。言葉の意味がすれ違っているだけだということを。野口五郎岳さんのような意見の方が、コメントする人からいなくなってしまうのはとても残念です。推進派の方のおっしゃることが、すべて嘘だとはもちろん思いません、ただ、同様に、ここにあげられる記事や人の言葉の中にも、真実は必ずあると思うのです。コメントは難しくても、このサイトをこれからも訪れてくださいますよう、この問題に関心を寄せる人間の一人としてお願い申し上げます。
意見の相違はあれど、野口五郎岳さんに誠意が無い方だとは思えません。それは、文面を見ればわかります。ただ、他の書き込みをされている、反対派の多くの方のことも、私は信頼しています。かならず議論が交わる日が来ると信じています。
>【既設の原発立地地域への偏見について】
おっしゃる通り、現時点で達成されている安全について、私個人としては特別な心配はしておりませんし、魚等が食べられなくなるとまでは、思っておりません。ただ、この地域に育つ生き物の種類の変化、温排水による温度上昇によって生態系が変わることについては危惧しています。場合によっては、この土地に受け継がれてきた歴史と文化を失うことになりかねないのではないかという点でです。もちろん、まず過疎に歯止めをかけることが地域文化を守るためには必要だという指摘ももっともだと思います。人がいなければはじまらないことや、守れないものも、確かにあるでしょう。
ただ、原発を建設する上で生じることが予想される問題について、具体的な対策や、文化をどう守っていくのか、いきたいのかについてのビジョンが、野口さんのコメントから、全く見えてこないのは、個人的に少し残念に思いました。コメント欄を簡潔にするために、人間的な部分にはあえて触れずに書かれたのだと思いますが、【原発建設後の町づくりについて】の項目の中にも、現地の歴史や自然の貴重さ、文化遺産、その土地にすでにあるものを生かし、地域を発展させたいという発想の断片を見つけられなかったことは、非常にもったいないと感じています。下記でもまた、少し書かせていただきたいと思っていますが、シンクタンク研究員のような方にこそ、今後まさに考えていただきたい課題の一つです。それを考えていく中で、対立の問題がいかに深刻で、社会的な損失かということも、実感していただけると思うのです。
安全性について一点、私は現在32歳なのですが、この年齢になった自分が原発の周辺へ行くことについては、正直あまり不安を感じていないのですが、成長期の子供たちーーー放射能に対して、とりわけ感受性が強いと見込まれる層の人への影響について、その安全性はどうなのか、そこに対する想定や対策、研究はされているのかということについては、心配しています。原発周辺地域の子供たちの健康について、ドイツの環境省にあたる機関から下記のような報告が出ていますが、この件についてはいかがでしょうか。原発の種類の違いなどもあるとは思いますが、そもそも日本では、子供たちに焦点を絞った安全性評価などは、しているのでしょうか。
原子力発電所周辺で小児白血病が高率で発症—ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告—
http://cnic.jp/modules/smartsection/item.php?itemid=122
また、原子力を学ぶ学生の少なさを思うと、原発の安全性を今後どうやって維持していくのか、いけるのか、という点でも、不安に感じている部分があります。が、それはまた、別の次元の話ですね。
そして、もう一つ、これは、心の問題なので評価できないと言われてしまえばそれまでなのですが、偏見へつながる議論の一つだとも思うので、思い切って書かせていただきます。
万一の事故(技術者の皆さんを信頼はしていますが)を含め、「不安に思い続けなければならない」ということ、その心理的圧迫感を、どう評価するのか、そのことについて、どのような見解をお持ちですか?
人の心も、環境だと思います。誰かが毎日不安に思わなくてはならない、というのは、私は社会の損失の一つだと思っています。そして、太陽を神様のように思っている島のおばちゃんたちが、毎日日の出を拝むところに原発ができるという、その心理的なもの、信仰、それはすでに文化であり、それもまた環境だと私は感じています。
私としては、なぜ反対している人たちだけに見え続ける位置に、原発ができるのか、そのことも大変疑問に思っています。ここに本当に建てるのであれば、祝島の方々へは、別の保障も提案するぐらいでないといけないと思います。現地をご覧になれば感じていただけると思いますが、同じ上関町とはいえ、立地の場所から考えると、祝島の集落が背負うリスクと心理的圧迫感は、別格です。
せめて、もう少し他の集落からも監視しやすい位置や、あるいは、もう少し生活圏から離れた場所は、検討できなかったのでしょうか?よほど田ノ浦が地盤的に安全だというなら話は別なのでしょうけれど、なぜここでなければいけないのかという説明には、いまだに出会えておりませんし、上関町や中国電力は、そのような説明を祝島の方々にしていません。島側が聞かなかったのだ、というのは、あまりに乱暴な言い訳です。たとえそうだとしても、説明しにいくのが、町や中国電力の担当者の仕事であり、その土地で事業をするということなのだと私は思います。
30km西に走る断層の問題なども考えると、なぜここなのか、が、私にはどうしてもわからないのです。
>【原発建設後の町づくりについて】
野口五郎岳さんの書いてくださったコメントの内容から、美浜や敦賀、青森の原子力関連産業を中心とする町の風景が、目の前に浮かんでくるようでした。決してそれらの町づくりを否定はしませんが、もし建設が進んだとしても、上関が判で押したような風景にならないことを願っています。(それは特別変わったことをすべきだというのではないです、念のため)
気になるのは、原発を誘致した自治体では、誘致後どのくらい人口と子供の数が増えていったのでしょうか。青森の六ヶ所再処理工場の資料館で、館内の働く方に聞いたところ、再処理工場のおかげで、その地域に目に見える人口増加があったかと聞くと、それは特にないとのことでした。もちろん、あらゆる仕事や下請けの業者さんがいらっしゃるでしょうから、どこまでの数字を含めるのか等、一概には言えないでしょうし、地方は人口が下降線をたどっているのは間違いないので、その線がある程度横ばいになったか、あるいは下降率が低くなったということでしたら、一定の成果があったと見るべきなのかもしれません。
また、特に理想的な発展をしたと思われる自治体についても、可能であれば例として教えていただきたいです。推進する方がどんな景色を「理想」と考えておられるのか、理解したいのです。
どの側面から「原発誘致により町が活性化した」と評価するのか、それは様々な切り口があるとは思うのですが、私は、これからは、税金が上がったり、今より少々不便になったとしても、子供たちには手つかずの自然を、少しでも多く残しておくことの方が有益だと、今のところ思っています。もちろん、これは、現時点での意見です。推進派の方の意見に、今後、自然に物理的に手を加えても、人類の将来のために必要だと、「これならしょうがないな」と、心から納得できるビジョンが提示されたときは、地域によっては賛成すると思います。今のところ、納得できる意見には出会えていませんが・・・。
>【原発立地の意志決定】
漁業権の問題ですが、その海が住んでいる土地から地続きかどうか、という点で、祝島側は裁判に負けたと聞いたことがあります。(確認せずに書いてしまいます、間違いでしたらすみません)しかしながら、この海域で祝島の人が長年漁をしているという事実は、示せるのではないかと思いますし(すでに示している?)なにより、共同漁業権の問題は、長年の慣習に従うなら、関係する漁民集団全員の承諾が必要のはずではないでしょうか。
>【核燃料サイクルの必要性について】
私は一般の会社員で、各分野について専門的な知識がある訳ではありませんが、少し、歴史観の話をさせてください。
おっしゃるように、資源不足は戦争の原因の一つだとは思います。以前電力会社関係者の方を訪ねて勉強会をした際にも、先方の担当者は野口五郎岳さんと全く同じことを、おっしゃっていました。「戦争をしたくないから、エネルギー自給と原子力にこだわるのだ」と。しかしながら私は、そのことにまず疑問を感じています。資源不足はきっかけの一つにすぎなかったのではないかと。それよりも、大衆心理といいますか、「みんなが不安に思っていたこと」そのものが、戦争に向かっていった一番大きな原因だったのではないか、つまり、これも、こころの問題だったのではと想像しています。
だからこそ、私は、小さな声が、一度でも真剣に聞かれ、権力を持つ人々によって直に咀嚼されることなく、ここが埋め立てられてしまうことに違和感を覚えるのです。(別に権力批判がしたい訳ではありません、その力がまっとうにはたらかないこと、しっかりと考えを経ないことを不安に思っています)野口五郎岳さんや電力会社の方がおっしゃるような「戦争をしたくないから、原子力」という言い分を、信用しないわけではありませんし、本気で国の将来を思っておられるのだろうな、とは感じています。ただ、その思想は、最終的には、新しい戦争へと、つながってはいないでしょうか?文章力が乏しく抽象的な表現で恐縮ですが・・・(失礼な書き方をお詫びします)
戦争へ向かう当時の日本の空気の根底には、心理的な抑圧や漠然とした不安が、あったのではないか、そして、私が一番疑問なのが、当時の日本人がそこまで思っていた「不安」が、本当に存在したのかということです。確かに資源不足は、将来的な問題として、そういう懸念はあったでしょうけれど、それを「懸念」として理解していたのは、ある一定の権力を手にしていた人たちだけだったのではないのでしょうか。将来的な資源不足は、それなりに深刻ではあったとは思いますが、それは、あのような悲惨な事態を巻き起こすほどに、切迫した状況だったのでしょうか。多くの大衆、一般市民は、そこそこ食うに困らなければ、十分満足で幸せだったのではないでしょうか。エネルギー自給率よりも、食料自給率を100に近づけておくことが、一番の防衛にはならないでしょうか?無知な一般人の素朴な疑問です。
推進する方々が、今後将来にわたって、「保証」しようとしている生活レベルや便利さ、それは本当に、一般市民の多数派の思いでしょうか?そこには、かなり、乖離があると、私は個人的に感じます。そして、今後、何かがあって、資源の調達ができないとき、国際社会は日本に何もしてくれないという前提を感じます。もちろん、他国に安易な依存をするべきではありませんが、あまりに備えることに執着しすぎて、大事なことを忘れているように感じるのは、そして、その「備え」のために、問題が見かけばかり大きくなりすぎているように感じるのは、私だけでしょうか。
もしこれから、日本が戦争をしない道を選べるとしたら、自分たちの不安に備えることに執着するのではなく、人間の良心を信頼することに尽きると、私は本気で思っています。そしてそのために伴うリスクを、自分と自分の所属する社会とで、引き受けたい、それしか戦争をせずにすむ方法は無い、私はそう思っています。もちろん、それはそれで、今は無いあらゆるリスクを背負うことになるでしょうし、政策を考えるような位置にいる方が、安易な発言をされるべきではありませんが、それならば、「選択肢に原子力」の思想の根底に、平和利用に対する決意と覚悟が、もっともっと感じられなければと思うのです。
「原子力を何年後に何基にすれば、今の生活レベルを維持できる、ただ、原子力には、こういう問題もあって、事故に対する懸念だけではなく、廃棄物処理の方法が現時点では確立していないことや、安全を維持するために関わる人に、これだけのリスクがあり、これだけのお金がかかる。税金もこれだけ投入する。」そのように具体的に示されたとき、国民は、原子力を本当に選ぶでしょうか。
「それなら二日に一回停電でもいい」というのは大げさで非現実的でしょうけれど、電力会社や国からそのような説明があれば、私はその不便さを喜んで引き受けます。重要なのは、「ちゃんと市民に提案したのかどうか」だと思います。その前提がしっかりなければ、推進派はやはり、これからも「強引」で「上から目線」だと、地元に誤解され続けていくと思います。
推進する方自身の口から「自発的」に、これらの懸念に対することについても、きちんとコメントを聞きたいです。そのうえで、どの程度のリスクがあるのかを説明し、それがあること等を考えても、それでも原発がベストな選択なのだと納得できる理由を、自ら語ってくれない限り、反対派に歩み寄っているとは言えないのではないでしょうか。
どんなことにでも正負両面の姿があると思います。原発が本当にベストな選択だとおっしゃるなら、反対派の一つ一つの行動に反応するよりも、その正当性や、どのように安全を保つのかについての説明と、不安を取り除くための対話(ただ安心だと言うのではなく、こういうときはこうしますという具体的な対策を示す)に徹してほしい、と思います。
とりとめもなく長くなり申し訳ありません(いろいろ失礼な発言も・・・ご容赦ください)。野口五郎岳さん、ぜひ上関を訪れていただきたいです。そして、反対派の意見も、推進する人たちと同じくらいの時間をかけて、一度聞いてみていただきたいです。
そして、「苦言をひとつ」という本がありますが、ご存知でしょうか。立場上、ご存知の可能性が高いですが、お読みでなければぜひ一度お読みいただきたいです。地域の中で原子力を推進する上で、覚悟しなければならないこと、地域の中で、その土地の方々と共にいきるという視点を、どうか忘れないでください。
苦言をひとつ―若狭からのメッセージ (単行本)
石黒 順二 (著
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4900647020/376-3597641-0792258?SubscriptionId=10NSQMTYH7CMFZ77TJ02
投稿: becchi | 2009年11月30日 (月) 16時58分