【YOUTUBE】日本のプルサーマル計画について(田中優・未来バンク理事長)
12月初旬にも本運転が始まろうとしている玄海原発プルサーマル。
運転停止・中止を求める各地の動きを紹介するブログを紹介します。
http://fukurou.txt-nifty.com/nomox/
10月2日に、NPOバンク「未来バンク」理事長の田中優さんにプルサーマルについてのご説明をいただきました。
田中優ブログ「持続する志」:http://tanakayu.blogspot.com/
※田中優さんは、現在発売中の週刊ビッグコミックスピリッツ「美味しんぼ」にも登場しています。
プルサーマル計画によってもたらされる日本の産業界におけるデメリット、
原子力・核燃料サイクルをやめることによって開ける日本の未来、
などについて語っていただいています。
日本のプルサーマル計画について・1(田中優)
http://www.youtube.com/watch?v=j-IShEHvPd0
日本のプルサーマル計画について・2(田中優)
http://www.youtube.com/watch?v=AH6H4rQ7U2Y
この記事へのコメントは終了しました。

コメント
昨日の「事業仕分け」の中で
驚くべき発言が
「東京に原子力発電所が建てられますか!!!」
コレは電源立地交付金の削減、見直しのやりとりの中での発言です。
白熱した議論の中で思わず本音が出たのでしょう!
今後、原発立地予定の上関町への交付金も、限りなく減らされるのです。
この場面はテレビでばっちり放映され視聴者の度肝を抜きました!
今の日本の政治行政の最高峰の舞台での、原子力発電所というものへの認識です。
>FUJITAさん
原子力防災がいかに不完全かがよくわかりました。怖いですね。
以前、住民の話でヨウ素剤は危険を犯してまでほんとうに配布してくれるのかというのがありました!
投稿: ロッカー | 2009年11月28日 (土) 10時55分
ロッカーさん
テレビで誰々が言ってました。とか、根拠もないのに数字を出したり。
全く説得力がないですねーWWW
逃げてないで野口五郎岳先生の質問に答えたらどうですか−?
あっ、
テレビで言ってましたとかは止めて下さいね…
笑ってしまって、涙で文字が見えなくなるのでWWW
投稿: バッカー | 2009年11月28日 (土) 13時47分
事業仕分けの中継を私も最初から最後までネットで見ていました。
以前も書きましたが、ロッカーさんのコメントを真に受ける方がいれば危険なので、私の反論を書きます。さすがに真面目に反論するのもバカバカしくなってきましたが、そうすれば相手の思うツボなので徹底的に反論します。
①「東京に原子力発電所が建てられますか!!!」
こう発言した議員がいたのは事実です。そして、東京には物理的制約が様々あり、原発が立てられないのも事実です。
②原発立地予定の上関町への交付金も、限りなく減らされる
本気で受け止めていたとしたら、失礼ながら国語力に問題がある方でしょう。悪意のあるコメントとしか思えません。
事業仕分けとして、課題として挙げられたのは、交付金の存在そのものではなく、石炭火力のような温室効果ガスを大量に発生させるものと、原子力のような発電時に温室効果ガスを出さないものは差別化を大きくして、原発立地のインセンティブを強めようとしたものでした。したがって、「限りなく減らされる」のは全くのデタラメです。そして、交付金の使い道の自由度を高めようというのが結論でした。
http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/h-kekka/pdf/nov27kekka/2-67.pdf
この事業仕分けで民主党の原発に対する方針が明確に出ました。前にも述べましたが、温室効果ガスを25%削減するにはどうしても原子力が不可欠です。こうしたことから上関の重要な立地点です。アメリカや中国が2020年度の削減目標に触れはじめているので、日本もそろそろ外堀が埋まってくるでしょう。
さて、原子力防災のあり方について、FUJITAさんのご指摘の通り、課題がないとは言えません。そして、チェルノブイリ型の事故が起こる可能性は、原発が存在する限りゼロではありません。
ただし、そうした災害が起こる可能性は、先日も書きましたとおり、無視できるぐらいの非常に確率です。
そもそもチェルノブイリとは設計も違えば、安全へのチェック体制・機能も全く違います。「インターロックが…」と細かく書くこともできますが、皆さん嫌になるでしょう。
ただし、ほとんどゼロの確率において、どこまで準備するべきかは、もう少し議論した方が私もいいと思います。
田中優氏(イベントで結構な金額を取るのですね、羨ましい)の動画も拝見しました。パッと見でも突っ込み所が満載ですが、本業が忙しいですし、資料を準備するのが大変です。誰かが賛辞のコメントを書いたら、反論するつもりです。
出現当初にも申し上げましたが、私はこの活動に対して金銭の授受はありません(本音では欲しいぐらい)。信念に基づき行っています。一方的な正義を論じたり、きれいごとばかり並べる議論には、まず疑い、「調べる・確かめる・必要に応じて計算機やパソコンを動かす」を行う。まるでどこかの団体と同じようです。進み方が違ったら、反原発運動に参加していたかもしれません。色々考えた結果が今の状態であることをご理解ください。
投稿: 野口五郎岳 | 2009年11月28日 (土) 22時03分
野口五郎岳さま
ご自分の信念に基づいて阻止行動をされているシーカヤッカーの方たちだって、金銭の授受なんてないですよ。なのに自慢や愚痴めいた書き込みはゼロです。
彼らを突き動かしているのは何なのか、私の興味はそちらにあります。
自分のことを理解して欲しいと思われる気持ちは分からないではないですが、ちょっとはしたなくはないでしょうか。
政権与党も原発推進なら、親方日の丸。推進派の方への共感、理解はたくさん集まることでしょう。だからもういいじゃありませんか。
個人への理解をお求めなら、ご自身のブログを立ち上げればよろしいかと思います。
「一方的な正義を論じたり、きれいごとを並べること」には疑問を持つのが重要だとお思いなら、自分を省みることも、反対の立場の人を理解しようとすることもできるはずです。
投稿: そらみち | 2009年11月29日 (日) 01時26分
「はしたない」という言葉が出た以上、私の書き込みはこれで終わりにしたいと思います。
私は別に自慢している訳でありません。自分のことを理解してほしいとも思っていません。デタラメな情報を悪意を持った人が流し、状況を混乱させることは原発を受け入れてくれた上関町民や既存の立地地域に住んでいる方々に風評被害を与えかねないと思い、コメントしていた次第です。
そして、自分のことを省みることは当然、相手の主張を聞き、その妥当性について調べましたし、意見が違う相手にも間違っていないことには「間違っていない」と答えたつもりです。
以前、このサイトを見た方が私に質問をしてくれました。原子力に懐疑的な方でしたが、非常に誠実かつ丁寧に質問される方だったので、立場は違えど温かい気持ちになりましたし、「この人であれば冷静に少しずつ話ができるかも」と思いました。その後、このサイト内の無茶苦茶な書き込みも落ち着いたので、この膠着した状態を打開できるのはシーカヤッカーでは?とも一時期思いました。正直、祝島とのパイプ役もできるのでは?とも期待しました。
ただ、その期待は、シーカヤッカーによる肝心な部分が抜けたツギハギだらけの事件の動画の公開と警察への告訴という形で脆くも崩れました。そして、その後、反対派からの一方的な意見を見ると「対話の余地なし」とも思いはじめました。
一つ誤解をしないでいただきたいのは、私は反対運動自体を非難するつもりはないことです。
実際、自分が合法的と思う反対運動に何もコメントを出しません。署名でも集会でも議員へのロビー活動でも何でもやればいいと思います。
ただし、「自分たちの意見が通らないから」という実力行使の阻止行動だけは許すことができません。たとえ動機が純粋な気持ちであっても、国や自治体から正当な許可を受けた工事を阻害する権利はありません。そんなことがまかり通れば、法律や裁判所の意味はなくなり、無政府状態に陥ります。
実力行使の妨害が続くなら、中国電力は毅然とした態度で戦うべきです。そうすれば、この戦いは長く厳しいものになるでしょう。私は一日でも発電所の建設を願う町民の方と、こうした不必要な不安を煽る風評被害を不安に思う既設の立地地域住民の方のために別の方法を駆使してお手伝いできることをやっていく次第です。ひょっとしたらどこかで会うかもしれません。
最後に、推進派のコメントを削除しないこのサイトはかつてない試みであり、本当に素晴らしいと思います。立場は違えど、サイト管理人の懐の大きさを感じました。ありがとうございました。ではでは。
投稿: 野口五郎岳 | 2009年11月29日 (日) 21時14分
国策で原子力を推進するなら、国民の賛意を取り付けるよう最大限に努力すべき。
田名埠頭、田ノ浦での混乱は、政府の機能不全によるものではないか。
無政府状態を望んでいないのは、島民の会側も同じで、だからこそ県や経産省に申し入れをしている。
推進派側も、国や中電に反対派をがんがん説得するよう強く求めたらどうか。
島民の会とカヤック隊の行動が非難されるのは当然であるし、支持されるのも当然と思う。
それぞれの立場に着く者が、それなりの数いる以上は。
阻止行動については、ひとまず地裁が判断を出すことになる。
しかしまあ、金ばらまいて駄目なら、裁判、場合によっては強制排除って、
私たちの社会ってそんな選択肢しか持っていないんかい!?
そういえば、きちんとした話し合いをするまで工事は中断って話、どうなったんでしょう。
中国電力さんには、まずは上関原発の必要性を語ってもらいたい。
電力需要の見通しだとか、温暖化対策のロードマップであるとか、
原発を建てた場合と、原発建設に使う8000億~1兆円を排出量取引に使った場合との比較であるとか、
電気料金の変動だとか。
祝島は海を売っていないというが、漁業補償の受け取り拒否をめぐる採決では、
33対35で反対という結果。
(「上関原発 最新情報」 http://new-k.livedoor.biz/archives/489072.html)
漁協と島民社会の実態はよくわからないが、多数決では僅差だった。
防災の問題も含めて、丁寧に説明・対処していたら、今頃まったく別の状況になっていたかもしれない。
野口五郎岳様には、内部被曝についてどのような見解を持ってらっしゃるのかお聞きしたかったです。
上関原発に関しても、次のようなビラが作成されていますし。
http://www.midori-konaka.jp/publish/genpatsu2.pdf
お疲れさまでした。
投稿: 男子力発電所 | 2009年11月30日 (月) 14時21分
野口五郎岳さま
>「はしたない」という言葉が出た以上、私の書き込みはこれで終わりにしたいと思います。
そんな繊細な感覚をお持ちの方とは存じ上げず、失礼なことを申し上げてしまいました。
ごめんなさい。
> デタラメな情報を悪意を持った人が流し、状況を混乱させることは原発を受け入れてくれた上関町民や既存の立地地域に住んでいる方々に風評被害を与えかねないと思い、コメントしていた次第です。
そうだったのですか。
私は「デタラメな情報を悪意を持った人が流し、状況を混乱させている」とは、ひとつも思いませんでした。私は原発反対派なので、元から反対派の方にはシンパシーを感じていて、そう思わないのかもしれません。
上手くは言えないけど、手にした情報を信じるも疑うも、それぞれのフィルターを通してのことですよね。
反対派の人も手にした情報を信じ義憤にかられて行動しているのであって、それを「悪意」と言われ、”カウンター”でしたっけ?何か攻撃的な姿勢をあらわにされても、逆に「なんだよ」と思うものではないでしょうか。
> 以前、このサイトを見た方が私に質問をしてくれました。原子力に懐疑的な方でしたが、非常に誠実かつ丁寧に質問される方だったので、立場は違えど温かい気持ちになりましたし、「この人であれば冷静に少しずつ話ができるかも」と思いました。
その方はへりくだった忍耐強い方だと思います。
またその方の良さに気がつく野口五郎岳さまもご立派だと思います。でも要は相手の出方次第ということなのかもしれませんね。
話はそれますが、私は原子力発電所の現場で20年間働いていてガンを患い、1997年にお亡くなりになった平井憲夫さんの手記
「原発がどんなものか知ってほしい」http://genpatsu_shinsai.at.infoseek.co.jp/hirai/
を読んで、「安全」は机上の話なのだということを信じるようになりました。
推進派の方にしてみれば、古い時代に書かれた手記で今はもっと安全性が向上しているとか、平井さんがガンになられた原因と仕事との因果関係は不明だとか、いろいろ仰りたいことがあるかもしれません。だけど、私は平井さんが投げかけたことばは、私の胸に突き刺さっています。
平井さんの気持ちを「理解した」・・・だから私は「安全は机上の話」という平井さんの言葉を信じた。理知的な科学者の方には心からばかにされそうな論法です。でも現にそういうことが行動の動機になることもあると思うのです。悪意からではないのですよね。
あとは、正確な数字とか、理論とか、法律に基づくものでも、人間「嫌は嫌」「飲めないものは飲めない」ってことはあるはずです。それらは強大な力を帯びて人を押しつぶしそうに迫ってきます。「正義という名の暴力」とでも言いますか。
対話が大事と言いますが、同じテーブルに着いていても、それら(数字とか法律など)の力を武器にいびられたり、逆にそこを論点に正義という名の言葉の暴力合戦になってしまうんだったら、私はそれぞれがそれぞれの場所で着々と行動を続けていくのがいいのではないかなと思っています。
さまざまな考えを表明することを許してくださっているブログ主さまに感謝しつつ、私も思っていることを書かせていただきました。
投稿: そらみち | 2009年11月30日 (月) 22時40分
確かに反対派の主張には、発信する内容に
偏りが出てしまったり、表現が適切でないなと
感じることもありますが、それは、
反対派に、反対する運動に、
財源の保障がないことも、原因の一つと考えます。
個人的には、推進/反対、どちらの意見を発信することも、
ある程度お金をもらって、仕事として
やっていただきたいと感じています。
その方が、最終的に、社会にとって有益になりませんか?
原発を建てるのか、建てないのか、
どちらの選択をするにせよ、地域に暮らす人をはじめ、
各自が「自分で選んだ」と納得するプロセスが必要です。
それを共有するためにも、推進反対双方の意見、発信、運動が、
社会には必要だと思うのです。
現在、反対する運動は、ほとんど、個人が手弁当で
やるしかない状況だと思うのですが、その現状は、
社会が経済的にある程度豊かになった今、
変えていくべきだと思います。
多様な意見の発信・啓発活動を
すべてフォローするのは無理でも、
せめて代表的な「賛成」か「反対」か、の
二つの意見を発信するための運動を支える
最低限の資金ぐらいは、社会の議論の成熟のために
みんなで負担できればいいな、と思います。
もちろん、目に見えないものの価値を認め、
そこにみんなが喜んでお金を出すような
それだけの運動に育てていく必要はありますが。
そのかわり、反対派も、反対運動に終わらず、
守りたいものの価値を視覚化していくこと、
これからこんな風にしたいと思うことを
目に見える形で提案できるようになること、していかないと、ですね。
原発を誘致せずとも、また、単なる観光産業に持っていかなくても、
地域と自然を守り、かつ、ある程度の仕事をつくることが
きっとできると思います。
そして、公共事業でやっていただきたいこと、
土建屋さんにやっていただきたいこと、
やっていただかなくては困ることも、
いくらでもあると思います。
投稿: becchi | 2009年12月 1日 (火) 16時26分
男子力発電所さま、こんばんは。
お久しぶりです。
野口五郎岳さんは、本当にもうコメントされないのかな?
残念ですね。
>野口五郎岳様には、内部被曝についてどのような見解を持ってらっしゃるのかお聞きしたかったです。
>上関原発に関しても、次のようなビラが作成されていますし。
>http://www.midori-konaka.jp/publish/genpatsu2.pdf
『原発は通常運転でも危ない!
国も認めた!原子力発電所が出す放射能は微量でも
重大な障害を起こす
原爆症認定集団訴訟・大阪高裁が判決(08年5月)で指摘
<判決文から>
原子力施設の放射能漏れによる低線量の危険は極端に過小評価され無視することができるほど小さいと信じられてきた。しかし、「最も感受性のある人々に対する低線量被曝の影響を1000分の1に過少評価していることを示している」』
この件については六ヶ所運動の方でも話題にされましたので某所に書いたことがありますが、この原爆症認定の判決では、原発の通常運転から放出されるレベルの放射能が問題とされているわけではありません。
同じ「低線量被ばく」という言葉が使われても、原爆での入市被爆やチェルノブイリ級の原発事故での被曝と、定常運転の原発からの被曝では、被ばく量が何桁も違います。
<判決文から>に引用されているのは、原告から提出された、J. M. Gouldら著「「死にいたる虚構国家による低線量放射線の隠蔽」の中の一節で、「低線量放射線による被曝の影響に関する指摘」として紹介されているにすぎません。
この著者 J. M. Gould、また、所属するThe Radiation and Public Health Project (RPHP) がどういう団体かはさておいたとしても、ここで「原子力施設の放射能漏れ」として取り上げられているのはチェルノブイリ事故です。
前後の文章、また、「・・・信じられてきた。しかし、』と『「最も感受性の・・・』の間にあるチェルノブイリ事故に関する記述を切り取ってつなぐと、こんな風に、うまく誤解させるような文章になるのですね。
「反原発運動:歪曲・捏造コレクション」に加えておこう…。
自然放射能からの被曝は、外部被曝だけではありません。
私たちの体の中には何千ベクレルもの放射性物質が含まれ、常に体中が内部被曝を受けています。
それと比較して、普通の原発からの被曝は無視できる量ですので、外部でも内部でも「重大な障害を起こす」ような影響は考えにくい…そう判断するのが妥当ではないでしょうか。
失礼いたしました。
投稿: tweedle | 2009年12月 2日 (水) 03時04分
tweedle様、コメントありがとうございます。
やはりあのビラでの高裁判決の持ち出し方は、おかしいですね。
ただ、体内に何千ベクレルもの放射性物質があることをもって、
原発からの微量の放射能漏れは無視できるというご意見に対しては、
肥田舜太郎・鎌仲ひとみ共著の『内部被曝の脅威』や、
shing02氏の「僕と核」での説(http://www.e22.com/atom/page09.htm)に従えば、
原発から漏れる人工の放射性物質は、人体の特定の部位に蓄積されるから、
自然に存在する放射性物質と同じように考えることはできない、
との反論が可能となります。
もちろん、自然と人工の放射性物質の生体内での動きが違う=原発は通常運転でも危険、
となるわけがなく、
1、核施設の通常運転で、どんな物質がどのくらい放出されているのか
2、放出された放射性物質は、生態系の中で、また人体で、どこへどのくらい濃縮されるのか
3、濃縮され蓄積された結果が、人体に与える影響はどのくらいか
といった検討が必要と思われるのですが、
このあたりについては化学にお詳しい方のブログ「ぷろどおむ・えあらいん」で、
考察されているくらいで・・・国費を投じてでもきちんとした調査研究をやってもらいたいところです。
投稿: 男子力発電所 | 2009年12月 4日 (金) 01時31分
男子力発電所さま
こんばんは。
>原発から漏れる人工の放射性物質は、人体の特定の部位に蓄積されるから、
>自然に存在する放射性物質と同じように考えることはできない、
このファクターは、放射性核種ごとの実効線量係数(摂取量と、吸収・蓄積した組織・臓器が受ける被ばく量の比例係数)に含まれます。
核施設の通常運転で放出される放射性物質の種類・量や生態系・人体への影響については、
http://www.jnes.go.jp/isoe/atcdatabase/japan.html
http://www.rist.or.jp/atomica/data/ti_list.php?Title_No=09
のあたりで調べられると思いますが、いかがでしょう。
投稿: tweedle | 2009年12月 6日 (日) 23時54分
ありがとうございます。
ゆっくり勉強いたします(^^)
投稿: 男子力発電所 | 2009年12月10日 (木) 00時43分