ただいま和歌山県の田辺市に来ています。
ここからほど近い日置川町では、1970年代に原発建設計画が表面化しましたが、1988年の町長選で計画反対派の候補が当選したことから計画は立ち消えて行ったそうです。
・http://ja.wikipedia.org/wiki/日置川町
日本には現在(廃炉が決まった浜岡原発の2基を除くと)54基の原発がありますが、
同時に、原発の誘致・建設を検討する動きが表面化した後に、その計画が中止になった地域の数は、
現在の原発立地地域以上の数に上ると言われています。
つまり、日本の原発反対運動は負け続けてきたのではなく、
建設計画を最小限に食い止めてきた歴史でもあると言えるでしょう。
その一方で、、、
今日出会った日置川町出身の男性は、「地元には当時の対立のしこりがいまだに残っていると感じる」とおっしゃっていました。
ひとつひとつの原発建設計画を止める事と、地域が二分されたままになるような問題が起こらないようにする事と、両方の視点が必要だとしみじみ実感しました。
「ノー」の声はとても大事だと思いますし、僕自身、たとえば上関原発計画に対しては、
明確に、計画を見直すべきだと考えています。
そして同時に、反対運動によってある特定の地域の原発建設計画を止まったとして、
二度とこのような問題を生み出さないため、他の地域に同様な問題が持ち込まれないようにするためには、、
つまり、根本的な問題解決のためには、、
原発に頼らない暮らし、仕組み、インフラの実現を目指す事、
実践のモデルを作っていく事が必要になってくると言う事は、
このブログを読まれている皆さんに、敢えて僕などが大上段に言う事でもないとは思いますが、、、。
原発計画が外から持ち込まれたものであるならば、
対立構造を持ち込んだのも外部からの力であるとも言えるでしょう。
ここ田辺市は、もともと林業で栄えた町で、近隣の山林で林業を営んでいた人達が、ここで木材を卸し、
その対価として受け取ったお金で飲んだり食べたりするような繁華街がにぎわっていたそうです。
しかし、現在の商店街は、シャッターを閉めたお店が多く立ち並んでいます。
国内の林業を保護することなく、海外の安価な木材を買い続けてきた政策と、産業構造、
消費者としてのひとりひとりの選択の積み重ねが生み出した結果とも言えるのではないかと思います。
このような事例は、林業に限らず、農業、漁業に対しても言える事でしょうし、
生産者、生産地の保護、助成、適正な価格での流通を怠ってきた結果として、
このような地域が地場産業の衰退・過疎・高齢化という問題を抱えてしまったという見方も出来るでしょう。
(その見方に偏るべきではないと思いますが)
上関原発を建てようとしている中国電力の社員が、
抗議行動を続ける祝島島民に対して「これからは漁業・農業ではやっていけないだろう」と、
彼らの生活を否定するような発言をしたと聞きました。
この何年かの間に、日本全国の原発現地を訪ねてきましたが、どこも原発のある地域は小さな漁村や農村でした。
そして、漁業・農業ではやっていけないという、その現実を作りだしているのは、
繰り返しになりますが、生産者を大事にしない政策と産業構造、
そして消費者の意識によるところが大きいのではないかと思っています。
上関町祝島では、2月から2カ月ほどの間、天然のひじき漁が行われます。
島の岩場で採取されたひじきは、薪釜でじっくり炊き上げた後に海岸で天日干しにされ、袋詰めされて出荷されます。
採取・加工・発送までの全ての行程が島内での分業によって成り立っています。
このような人から人への協働作業は、ひじきの例に限らず農業・漁業・林業が効率よく行われるための必須条件であるとも言えるでしょう。一方で、地域内の人間関係の分断は、そのままこのような産業の衰退の要因となりかねないでしょう。
反原発でなく「脱原発」という言葉を掲げる時、その実現は、反対派の勝利ではなく、計画を推進してきた側も共に喜べるような未来を作る事。
具体的に言えば、、たとえば上関原発計画を反対運動によって止めたとして、その先には「産業が必要」「雇用が必要」「若者に帰ってきてほしい」という願いを、原発以外の方法で叶えることが、大切になってくるでしょう。
そのための当事者は、生産地・生産者によって命を支えられている一人一人であるし、
望まない計画に対して「ノー」というだけではない、もう一歩踏み込んだ関係性を作っていく事が大切だと感じます。
以下、少しメモを書いてみます。
■段階的に・・・・
僕は、日本全体の原発をすべて止めてほしいと願っていますが、
同時に、それがすぐに実現するかどうかは分かりませんし、そう簡単な事ではないとも思っています。
スウェーデンではナチュラルステップという考え方を取り入れる自治体・企業が増えているといいますが、
僕はこの「ナチュラルステップ」の考え方そのものも魅力的ですが、「段階的に」という構え方に共感します。
・ナチュラルステップのフレームワーク:http://www.tnsij.org/about/flame/f_03.html
例えば「原発がいやだな」といった時に、
「お前だって電気使ってるじゃんかよ~」と言い返されたという話をよく聞きます。
一切の矛盾を認めずに、矛盾がなくならなければ意見が言えないという事になってしまうと、議論のしようもありませんが、
「今の状態を受け入れ、この状態から段階的に改善していく」事に取り組んでいくという方法は、無理がなく、ポジティブで、かつ実現可能で持続可能な取り組みを生み出し、育てていきやすいのではないかと思います。
太陽光発電や小水力発電など、小さな発電システムの組み合わせで各家庭の電力を供給できるとしても、
現在の産業構造を変えていかない限り、巨大な工場などを支えている大型発電所を減らしていく事は難しいでしょうから、産業構造や、地域のあり方そのものを見つめ直していく取り組みが必要になってくると思います。
だからあきらめよう、ではなく、どんな産業を守り支えていきたいのか、各地域のあるべき姿はどんなものなのか、というデザイン、アイデア交換、情報交換、継続して話し合いが出来るテーブル作り、コツコツとした地道な実践などが必要だと思います。
■生産地・生産者との関係/都会に暮らすものとしての当事者性
私たちは言うまでもなく、農産物・海産物によって日々の糧を得ています。
徐々に普及しつつある「フェアトレード」な関係を生産者・生産地との間に築いていく事は、
地域の営みや人間関係を守り支える事にもつながっていくでしょう。
「原発に頼らない暮らし」を実践する祝島の特産品の注文数はここ数年増え続けているようですが、
たとえば祝島だけではなく上関町全体の特産品を知り、買い支えるような視点も必要だと思います。
また、日本全国の生産物をフェアな価格で買い支える動きが広まっていくことは、
新たに原発の誘致を検討する地域を無くす事にもつながっていくでしょう。
大きな複合型ショッピングセンターで買い物をするのか、
小さな商店で買い物をするのか、という選択が、
誰を守る事につながるのか、どのような産業・流通の構造を支える事につながるのか、
という事も、同様に大切な事と思います。
原発問題を抱える当事者は、計画を持ち込まれた地域に暮らす人達だけでなく、
自然とともに暮らす人達の生産活動によって生活の糧を与えてもらっている私たち一人一人ですし、
そんな私たちの日常の中にこそ「脱原発への道」は存在しているのだと感じます。
■電力会社の未来像/電気の未来
また、脱原発を実現するためには、電力会社のあり方そのものがどのように変わっていくかというイメージも必要になってくると思います。
北海道の泊原発の近隣に住む方が「北海道電力が潰れてしまったら、北海道自体の経済が大打撃を受ける。北電が生き残っていくためにも、プルサーマル計画は不要。そして同時に、彼らと共にどうやって生き残っていくかを考えていかなければいけない。」とおっしゃった言葉を思い出します。
具体的には、たくさんの電気を一気に巨大な発電所で作って、巨大な送電システムで送るやり方ではなく、
各地域の特性に合った小さな発電所を組み合わせて利用していくなどのアイデアを、
電力会社任せにせずに、地域の中でアイデア交換、情報交換、話し合い、実践を少しずつでも続けていく事が必要になってくると思います。
ドイツという国で太陽光発電が普及していったきっかけは、アーヘンという小さな町であると言います。
この地域の中で、太陽光発電によって作りだされた電気を、適正な価格で買い取る「固定価格買い取り制度(フィード・イン・タリフ)」という制度が取り入れられ、この町のモデルを取り入れる地域がドイツ国内に増え続け、結果として、国自体がこの仕組みを取り入れていったそうです。
国任せ、おかみ任せではない、小さな実践の積み重ねが、電気と暮らしの意識的な関係を生み出していくのだろうと思います。
日本でもトランジション・タウンのような取り組みが始まっていて、希望を感じます。
・トランジションタウン・ジャパン:http://www.transition-japan.net/
・トランジション・藤野:http://blog.canpan.info/team-80/
また、例えばスウェーデンでは暖房にほとんど電気を使わないと言います。
そもそも林業が盛んな国なので、日本でそのまま取り入れる事は難しいとしても、
木材を切り出す際に出る木くずや木の葉、食品残渣や糞尿を使ったバイオガス利用などを組み合わせて暖をとったり、
昼間に取り入れた太陽熱を夜に逃がさないようにする事で、暖房を使う必要性を最小限に抑えるなど、家の建て方自体を見直すような取り組みもなされているそうです。
ウランや石油のような燃料を遠くから持ってくるのではなく、身近にあるエネルギーを大切に使ったり、
電気に頼る必要があるものとないものを見分けたり、という作業も、脱原発のための重要な取り組みだと思います。
電力会社のアイデンティティ自体も、電気をたくさん作ってたくさん売るという行為よりも、
電気の効率的な使用方法のアドバイス係や、スマートグリッドのようなインフラ整備のような事業など、
新しい役割を生み出していくような形で見直してく事も可能でしょうし、
分社化、電力事業の自由化などを、無理のない形で実現する事で、
ロスも多い巨大なシステムを構築せざるをえないようなプレッシャーが各電力会社に掛からなくて済むような、
スマートでサイズダウンされた社会構造をデザインしていく事も大切な取り組みであると思います。
■核燃料サイクル、原子力発電所の新規立地について
ここ数年、電力消費量は減少傾向にあり、各電力会社の経営も厳しくなっているといいます。
このような状況の中で、新たなリスクを抱えるような大規模な発電所建設は、
さらなる負の遺産を生み出すことにもなりかねないでしょう。
また、巨大な発電所を作って、大量の電気を生産して、多くの人達に売るという、
大量生産大量消費型のあり方自体に無理が来ている事も明らかなのではないでしょうか。
その上、使用済みの燃料の行方も不明確です。
再処理事業自体も行き詰まり、中間貯蔵の場所も見当たらず、処分場の選定も難航しています。
このような状況の中で必要な事は、エネルギー政策全体の見直しではないでしょうか。
また、そのための情報公開や議論の場を作る事も必要でしょう。
具体例を挙げれば、、六ケ所再処理工場の施設内には、小学校のプール一杯分に相当する高レベル廃液が、
ガラス固化出来ずに溜まり続けています。
このまま放置しては、最も危険なケースで言えば、ロシアのウラルで起こったような爆発事故も起こりうるといわれています。
このような状況を放置し続けている政府の対応に対して疑問を感じます。
六ケ所村、青森県という、再処理事業を持ち込まれた地元だけでは対処しきれない現実であると言えるでしょう。
■エネルギー政策の転換を求めて
日本には戦時中までは800ほどの電力会社があったそうです。
それが、今は、地域独占的な形で、発電・送電・配電・売電といった電力に関する事業が自由化されていません。
このような状況を作ったのは国の政策であり、この政策を支えてきた原子力関係の法律群であり、税制であり、閣議決定された方針であり、それに伴って構築された産業構造であると言えるでしょう。
この全体像そのものが見直されなければ、いち電力会社だけでは判断出来ない事がほとんどではないかと思います。
そして、、計画全体を見直すこと、今ある問題を検証し、解決に向かうためにも、、
今新たに始めようとしている計画については、見直し、一時中断、また、中断を可能にするような対処をすることを、このような状況を生み出す原因となる政策を作った政府自体の主導で行う事が出来ないだろうか、と思います。
具体的には、
現在上関町には、原発計画を期待して新たに高額な重機を購入した業者も少なくないと言います。
彼らにとっては、計画中止は死活問題でしょう。
現在、現地での抗議行動を1日行うと約940万円の損害賠償を請求する、という訴えを中国電力が起こしています。
計画を見直すために、埋め立て作業をいったん中断し、この金額を国が負担する、等という事は出来ないでしょうか。
電源立地に関する交付金、電源開発費用などを合わせれば、年間何千億円もの国家予算が原子力産業に投じられているわけですから、その一部を、このような、計画見直しに掛かる経費に充てる事は可能ではないかと考えます。
国レベルで考えないと解決しない問題と、
ローカルなレベルで実践のモデルを作っていかないと実現化しない未来と、両方がありますよね。
そしてどちらも、地道な、ひとつひとつの対話や、情報交換や意見交換や、
地域の中でのコミュニケーションや、コツコツとした手ごたえのある実践が、
その実現を支えるのだと思います。
■とりあえずしめます
なかなか記事を書く時間が取れませんでしたが、今日は少しそんな時間が取れました。
前回の日記が抽象的で中途半端な感じがしたので、続き的な話を書いてみました。
(そらみちさんからのご指摘も大きかったですね。ありがとうございます。)
そろそろ頭が働かない時間になってきたので、今日のところはいったんしめますが、、
上述の各項目は、
ひとりひとりとか、ひとつひとつの地域の中での実践が大事という話と、
国主導で出来る事があるという話と、
なんだか矛盾するような二つの話でしたが、
双方が大事だし、双方は並行して進めていけるし、進めて行った方がいいのでは、と思っています。
例えば国政を動かすためには、選挙だけではなく、ロビイングなどを継続する事であったり、
陳情・請願・直接請求といった手法を活かす事も出来るでしょう。
ですから、結局は、ひとりひとりの動きの総和が現実を変えるだろうし、それが可能だと思っているという事に変わりはないのでしょうね。
以下は僕の尊敬する、ある友人の言葉です。
「俺は全然諦めてないよ。埋め立ても必ずとめる手立てがある。今はなかなか見つからないけど一日一日をしっかりと守れば必ず希望が見えてくるはず。」
時を同じくして、もう1人、最近出会った方からかけてもらった言葉も紹介します。
「勝った事が分かった最後の最後まで、勝算はなかった。それまではずっと暗中模索だった。大切な事は負けない事、諦めない事。」
一日一日を大切に、ひとつひとつを丁寧に、焦らずに地道に、コツコツとやっていこうと、
改めて思えた今日この頃です。
僕の望む勝ちは、ひとりの敗者も生まない勝利。みんなで分かちあえる幸せ。
たぶんみんながそれを願っている。
そのための未来は、まだ見えないけど、必ずあるはずだと思っています。
その未来に辿りつくという意思だけは、しっかり持ち続けたいと思います。
批判はとっても大事と思います。
ポジティブな批判は相手を生かすと言います。
ダメなものはダメと言った方がいいし、その上で、踏み込んだ議論が出来ればいいですね。
それは例えば、中電に埋め立てノーと言いつつ、中電の未来の事もイメージする、という事です。
同じ世界を共有しているわけですから、世界平和を願いながら一部の人達の未来はどうでもいいというのはおかしい、というのと一緒だと思います。
あまりとりとめがない話ですが、、また色々意見を書きます。
ありがとうございました。
拝
最近のコメント